葬儀が終わって、ネロは家の中の物を整理していた。
父の双子の弟であるダンテの家に居候する事になった為だ。
ダンテの事は、父から何度か聞いた事がある。あまり仲は良くなかったらしい。
が、ダンテの悪口を言いながらも父の表情がどこか穏やかなのはネロも気付いていた。きっとお互い素直になれないだけなのだと。
父の生い立ちも聞いた事があり、幼い頃に両親を失ったのを知ってショックを受けたのと同時に、だからダンテを完全に無下に出来ないのだと悟った。
ダンテをよく見た事は無かった。
生まれたばかりの頃に会ったらしいが覚えている訳もなく、父の葬儀にも居たがじっと見ている余裕など無かったし、彼は足早に去って行ってしまった。
しかし、あの押し殺すような声色で吐き出された一言を、ネロは中々忘れられない。
家の整理は業者も手伝って割りとすぐに、二日で終わった。
几帳面で神経質だった父が常に整えていたのと、父の死後は家に誰もいない事が多く、物が増えなかったからだ。
荷物はスポーツバッグとボストンバック一つずつに収まってしまった。あとは全て捨てた。家も引き渡す事になる。どのみちネロがひとりで居るには広すぎるのだ。
ダンテに確認したが、バージルの遺品は、彼が常にしていたアミュレットを墓に一緒に埋めてやれ、と言われただけで特に要求されなかった。
空っぽになった家に立ち尽くしていると、インターホンが鳴った。ダンテだ。
派手な赤いコートを着ていて、頭大丈夫かこいつ、とネロは頭が痛くなった。
「準備出来たかい、お嬢ちゃん?」
「…見りゃ分かんだろ」
「そうだな」
肩を竦め、ダンテは踵を返し車に乗った。また赤だ。父は青が好きだったが、弟は赤が好きなようだ。
ネロはスポーツバッグを抱き締めるように後部座席に座った。ボストンバックは隣に置いてある。
バックミラーに映ったダンテの顔はバージル同様に端正で、しかし無精ヒゲが生えている。なんだかもったいない、と思った所でネロは首を振った。一体何がだ。
「…バージルは司書だったっけ?あいつらしいよな」
懐かしむような声色でダンテが言った。
「昔から本ばっか読んでてさ、つまんねーからって邪魔するとぶん殴られたな」
笑いながら話すダンテに、冷静沈着な父にもそんな一面があったのか、とどこか新鮮だった。
「…あんたは」
「ん?」
「あんたは、何してんの」
ほぼ無意識に口から滑り落ちた質問にネロ自身が驚くが、確かに気になるので取り消さずにダンテの答えを待った。
「俺は、小説書いてる」
信号が赤に変わり、車が止まる。
意外な職業にネロは面食らった。
「…あんたの仕事だって、本の関係じゃねえの」
言うと、ダンテはまーな、と笑った。
「何でだかな…、俺、ガキの頃は本嫌いだった筈なんだが」
人生って分かんねえな、とひとりごちてアクセルを踏んだ。信号が青に変わる。
「(…変な奴)」
それきりネロは一言も喋らなかった。攻撃的な態度の為に分かりにくいが、元々人見知りなのだ。
ダンテの方も何も言わず、一度バックミラーでネロの姿を見るとそれきり運転に集中するようになった。
ダンテの住むマンションは2LDらしい。一人暮らしに妥当なのかは分からなかったが、それについて特に何も言う事なく勧められるまま家に上がり込んだ。
「(うわ、)」
これはひどい、が最初の感想だった。
小さいごみ箱には恐らくは原稿用紙をぐじゃぐじゃに丸めたものが詰め込まれ、ついに溢れてしまっており、他にも入り切らなかったごみが散乱している。
食卓であろうテーブルにはコンビニ弁当のパックやら宅配ピザの空き箱が積んであった。全部空だ。
「(…ホンっトに、父さんと似てんのは見た目だけだな)」
半ば呆れた顔でネロは溜め息を吐いた。
仕方ないとは言え、この生活能力ゼロのおっさんと暮らさなければならないと思うと頭が痛い。
「(…父さんが見たら怒んだろうな、これ)」
顔を見ればやはり父に似ている。しかし、あまりに違う。そこに父はいない。
「(まあ完璧に似てるよりはマシかもな…)」
似ていると思えば思う程、むしろそこに居ない事が寂しくなって来るものだ。
立ち直るにはいいのかもしれない、と無理矢理解釈した。
「…はあ」
複雑な気持ちで、ネロはまた溜め息を吐いた。