兄が死んだ、と知らされたのは確か二年前の事だったか、と黒いスーツに袖を通しながらダンテはぼんやり考えた。
病気を患っていたのは以前から知っていたが、最終的な死因は医療ミス、との事だ。それに加えて病院側は謝罪しながらも直接落ち度を認めようとはしなかった、未だにダンテが気に入らない部分だ。

双子の兄バージルは、ダンテと姿形は瓜二つであったが、性格は真逆だった。
女遊びが激しく、ふらふらとしているダンテとは対称的に、バージルは真面目で一途だった。十九の時孕ませた女を愛しずっと添い遂げていたのもそれだ。

「ったく、…はぁ」

別段仲の良い兄弟、ではなかったが、幼くして両親を失ったダンテには唯一の家族だったのだ。
やはり改めて考えるとやりきれない。

今日もまた葬式だ。

亡くなったのはバージルの妻。バージルの娘の母親。
バージルが亡くなったショックから遊び呆けるようになり、男から恨みを買う事も多々あり、それが最悪の結果で表れたのだ。
死因は、刃物で刺された事による失血死。だそうだ。

これが何を意味するか、警察に言われる前から分かっていた。

彼らの一人娘は、ひとりになってしまったのだ。

葬儀所に着くと、人はまばらだった。ダンテに親類はない為、女性の知り合いや親族しか来ない故に当然ではあるが。

中を見回すと、いるべき人物がいない。
確か高校三年で、自分たちと同じ銀髪だったと思うが。
ダンテは首を傾げ、外に出ると、壁にもたれ俯く少女を発見した。

「お嬢ちゃん。中入らないのか?」

声を掛けると、彼女は顔を上げた。値踏みするような目でダンテを睨むその容貌はかなり整っていて、街を歩けばアイドルにでもスカウトされそうだ。

「……別に」

「お前の母さんじゃないのか」

少女はまた俯き、ぽつりと呟いた。

「あんなの…、自業自得だ。あたしは止めろって何度も言ったんだ。なのに…」

それ以上は何も言えないらしく、押し黙ってしまった。
これ以上喋らせるのも何だと思い、ダンテは話題を変える。本題だ。

「お嬢ちゃん、名前は」

「…… …ネロ」

「そうか、…俺はダンテ。バージルの双子の弟」

ネロはゆっくり顔を上げた。

「お嬢ちゃん、お前は俺ん家で預かる事になった」

「…え、」

予想通り面食らった表情のネロに苦笑しつつ、ダンテは説明した。
警察から奨められた事。ネロが学生である事。
バージルなら、お前をひとりにするのは抵抗があると思う、とも言っておいた。

「………あ、そ」

ネロはそれだけ言うと、ダンテの方を見なくなった。
その態度に苛立ちを覚えなかった訳ではないが、ネロもネロで気持ちの整理がついてないだろう、と溜飲を下げた。
それに、バージルが死んでからネロの素行が荒れるようになった、と参列者たちが囁いていたのも耳にしていたので、不良の類なら態度が悪いのも仕方ない、と自分に言い聞かせて中に戻った。

「(とんだ奴拾っちまったな…)」

ほぼ面識の無かった兄嫁の遺影をぼんやり眺めながら、ダンテは頭を掻いた。

ネロに初めて会ったのは、確か彼女が赤ん坊の頃だ。
滅多に連絡も取らない兄が、娘が出来たからと妻共々家に連れて来たのだ。二十歳になるかならないか位の時だったから相当驚いたのはよく覚えている。

「(奥さんに抱っこしてみたら、って言われたけど怖くてパスしたっけな)」

落としでもしたらどうするんだ、と真っ青になった。男にとって他人の赤ん坊を抱くのは中々勇気が要る行為なのだ。


二回目、最後に会ったのは二年前。バージルの葬儀の時だ。
ネロは泣いていた。呼吸困難になる位泣いていて、それを静かに泣きながら母親が抱き締めていた。
とても何かを話し掛けられる状況ではなかった。
ダンテも、泣きこそしなかったが酷く悲しかった。だから他人を気遣う余裕など無かった、と言うのもあった。

『馬鹿野郎が…!』

相変わらず仏頂面の遺影に向かって、押し殺すような声で吐き捨てて会場を出てしまったダンテの姿は、その場にいた人々の印象に深く残っていた。

もちろん、ネロの脳裏にも。



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