甘過ぎないカスタードクリームとメープルシロップ、そしてサクサクしたパイ生地の組み合わせはとても美味しかった。キリエの腕もあるだろうが。
しかし、美味しいと感じる度にネロは複雑な気分になるのだ。

「…なあ、キリエ」

「なあに?」

ネロは空になった皿の上にフォークを置き、胡座をかいた膝の上に手を置き俯いた。

「……俺、ダンテの所に行く」

キリエの表情は、俯いているネロからは見えない。
しかし一拍置いて、そうね、と静かな声がした。

「私もその方が良いと思うわ。…何か分かるかもしれないし」

それに、とキリエは続けた。

「フォルトゥナには、このままじゃ居られないから…」

「ああ…それが一番、だな」

ネロは目を伏せる。長いまつ毛で影ができるのを、キリエは心配そうな面持ちで見つめた。

「ネロ…気をつけてね?」

「…うん」

ネロは立ち上がり、キリエの隣に座った。

「なあ、キリエ……」

震える声。ネロの目には、涙が溢れて零れそうになっていた。

「も、もし、俺が、元に、戻らなくても、…」

キリエは震えるネロの細い身体を抱きしめ、頭を撫でた。

「それでも、ネロはネロよ。私が知ってる、口が悪くて、乱暴者で、でもとても優しくて強いネロよ。…戻れなかったらその時は、何とか考えましょう?」

肩口に押し付けられたネロの頭。銀髪は心なしか以前より柔らかい。

「だって、ネロが帰ってくる場所はここだもの。いつでも帰っておいで」

ありがとう、と消え入りそうな声で言いながらネロはキリエが頭を撫でるのに身を委ねた。




真夜中、フォルトゥナの民は皆寝静まった頃に、ネロは荷物を持って家を出た。
肩掛けのスポーツバッグと、トランク。
当然女物の服など持っていなかったし、キリエに買ってきてもらった分もかなり少ないので荷物はさほど多くない。

レッドクイーンとブルーローズは、手に余る大きさになってしまったが全く使えない訳ではない。ただし使いにくいが。
閻魔刀は、なぜか手に馴染んだ。やはり不思議だ、とネロは首を傾げたものの、助かったのも事実だ。恐らくこれから暫くは閻魔刀が主戦力になるだろう。

「ネロ」

振り返ると、キリエがいた。

「…気をつけて、ね」

「うん…行って来ます」

「行ってらっしゃい」

ネロは振り返らずに門を抜け、やがてキリエからは見えなくなった。

「ネロ…」

胸の前で手を組み、目を瞑る。
ダンテの話になった時の、ネロの顔が脳裏によぎった。

「お願い、兄さん…ネロを守って」


──そしてどうか、ネロの『本当の願い』が叶いますように。


キリエには、それが何なのか分かったのだ。

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