観念したネロは、事の顛末をダンテに話した。電話の向こうでダンテの唸る声がする。
「…って事、なんだけど…」
『Humm……願いを叶える婆さんの悪魔、か…』
「何か……わかる?」
『いや…悪いが分からん』
「……俺、戻んない、のかな」
思ったよりも弱々しい声にネロは自分で驚いたが、ダンテはそれ以上だったらしい。
『坊や…いや、まだ分からねえぜ?何かあるかもしんねぇし…』
珍しく慌てたようなダンテの声に、少しだが気持ちが落ち着いてきた。
「…なあ、ダンテ」
『ん?』
「そっち、行っていい?」
自然に、口から言葉が漏れた。
が、自分が何を言ったか自覚した途端、ネロの顔は真っ赤になった。
「あっ、いや…そ、その方が…何か、見つかりそうだし!」
ダンテがくつくつ笑うのが聞こえて、ネロはむすっとした顔をしたものの、ダンテから見える筈もない。
『ククッ…OK,OK.おいで、坊や』
「んなっ、何笑ってんだよ!」
しばらくじゃれ合いのような会話が続き、電話は終了した。
ネロは、取り合えずおやつの時間には来ると言っていたキリエを待つ事にして、必要そうなものをまとめ始めた。
一方ダンテは、受話器を放り投げ、見事に元の位置に戻るのも見守らず難しい顔で頭を掻いた。
「…坊やの願い、か」
午後3時半頃、バスケットを抱えたキリエを部屋に招き入れてふたりは座った。
「はい、カスタードパイよ。頑張ってみちゃった」
可愛らしい笑顔でバスケットからパイを取り出すキリエに、ネロも破顔した。
「相変わらずすごいな」
「だって、ネロが甘いもの食べれるようになったんだもの。せっかくなんだから楽しんだ方がいいわ」
そういいながら、メープルシロップの瓶を取り出す。昨日までの自分ならいくらキリエの手作りでも絶対に食べなかったであろう、甘そうなカスタードパイは、今は美味しそうに映ってネロは苦笑した。
「俺、皿取って来るよ」
「うん。お願い」
持参したナイフでパイを切り分けるキリエに言って、ネロは立ち上がる。
キリエの気遣いのおかげもあってそれほど悲観的にはならなくなったが、やはりこの身体を素直に受け入れる気にはなれなかった。
キリエは、きっと部屋の隅に纏められた荷物に気付いているのだろう。
「(…ごめんな、キリエ)」
ひとりにさせたくない、と思っていたのに。
この小さな手では、何ひとつ守れやしないのだ。
ネロは溜め息を吐いて、表情を切り替えると棚から皿を二枚取り出した。
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