キリエが持って来た着替えは、Tシャツにパーカー、ジーパンと至ってシンプルなものだった。配慮してくれたのだろう。こっそり感謝しつつ、ネロはキリエと共に荒れた部屋の片付けをした。
ベッドの中に、シルバーリングがいくつか落ちていた。昨日までしていたものだが、指が細くなってしまったので抜けたのだろう。
「………」
ネロは小さく溜め息を吐くと、後でチェーンでも通して首から掛けようとポケットに入れた。大分思考は落ち着いてきている。
「床は直せるとして…どうしようかしら、このシンク」
キリエが言うのに、ネロはごめんと頭を掻いた。
「…なあ、キリエ」
「うん?」
ネロは視線をうろうろさせ、それからようやくキリエを真っ直ぐに見ると、小さな口を開いた。
「俺…やっぱり、ダンテに…言ってみる」
「え…でも、」
ネロは複雑な顔で、身体の前で手を組んだ。
「ただ、…俺だって事は言わない。電話で聞いてもらう」
「………」
キリエは少し考えて、頷いた。
「そうね。そうしましょう」
ネロも頷くと、盛大に腹が鳴った。何も食べていない上に吐いたので胃の中は空っぽなのだ。
キリエはくすくす笑い、踵を返した。
「私、ご飯持って来るね」
「いや、俺が行くよ」
キリエは神妙な顔で首を横に振った。
「ううん…駄目よ、ネロ。その姿じゃ」
ネロははっとなって、じゃあ待ってる、とベッドに腰掛けた。
そうだ、今の自分は、以前の面影はあるにせよまずサイズが全く違う。右腕の次は性別が変化したなんて知れたら、今度こそ完全に化け物扱いを受けるに決まっているのだ。
ネロは深い溜め息を吐き、次の瞬間には決意の籠った表情で顔を上げた。
キリエがホットサンドとスコーンの詰まったバスケットを持って戻り、一緒に朝食を摂った。
いつも5つは平らげるところを3つしか食べられず、ネロはがく然とした。こんなに食べられないものなのか(キリエ曰く、それでも食べる量は多いらしいが)。
しかし、スコーンは何故だか食べたくなって思わず手を伸ばした。いつも付けないイチゴジャムが途端に美味しそうに見えて、恐る恐るスコーンに付けて食べた。
「(あれ?)」
──おいしかった。
甘くて美味しい、なんて一度も思った事がない。むしろ甘いものは苦手だった筈なのに。
「(変だな…)」
甘いイチゴジャムの匂いが、今はひどく魅力的なものに思えるのだ。
キリエも驚いた顔でネロを見ていて、スコーンを食べる手が止まっていた。
「…女って、甘いの好きなのか?」
「まあ…そう言う人が多いわね」
驚きつつ返答するキリエに、ネロは親指に付いたジャムを舐めとり、ふぅんと返す。
ここまで来ると、ほぼ諦めに近い気持ちがネロの中に広がろうとしていた。
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