いつもと同じ時間に目が覚めた。
が、
いつもとは何かが違っていた。
「ふあぁ…あ?」
ネロははっとなり、喉を押さえた。
漏れた声は、澄んだソプラノ。
「なっ、!?」
──喉仏が、ない。
喉を押さえる手は一回り小さく、指も細い。
誰もいないのにきょろきょろ周りを見回し、震える手でズボンと下着を一気に脱いだ。
「──…っ、」
血の気が引いて行くのを感じた。頭がぐるぐるとして、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。ネロは口を押さえて流しに走った。
「ぅ──ぐ、…ぉえっ、」
涙が零れて、止まらない。
吐いた事による生理的なものなのか、否、それだけではないだろう。
ネロはシンクを右手で殴った。歪に凹むもそれどころではない。
「クソッ!…何で、何でだよっ…!意味、わかんねぇよ…!」
その場に崩れ落ちて、床を何度も殴った。
メチャクチャに泣いて、スラングを連発して、ついに床が陥没してから、ドアを叩く音にネロはようやく落ち着いた。
ドンドン!
『ネロ!どうしたの?』
キリエだ。
ネロは慌ててドアにもたれた。
この安い部屋に鍵は無いのだ。
『ネロ?居るの?』
「…ぃ、いる、よ」
無理に低い声を小さく絞り出した。いつも通りかは、分からない。
『どうしたの?さっきからすごい音…何かあったの?』
「んん、…何にも、ない」
『…?あなた、ネロなの?』
まずい。ネロは冷や汗をかいた。
こんな身体になってしまったのも、ゲロを吐いたのも、シンクを凹ましたのも、床に穴を空けたのも、キリエに見られるのはまずいんじゃないかと。
『ネロ、よね?お願い、開けて』
「……」
同時に、キリエを見たら少しは安心するんじゃないか、とも思った。
ネロはよろよろ立ち上がる。
つかえを無くしたドアが開き、現れた女性はネロを見ると目を見開いた。
ひしゃげたシンクも、ぶち抜かれた床板も目に入らない。
「…え?」
ネロの目に、再び涙が溢れた。
「キリエ、…お、俺…」
「ネロ、どうしたの、これは…」
ぼろりと零れた涙に、キリエは自分より僅かに小さくなってしまったネロを優しく抱きしめた。
「俺、ぅぐ、ぐすっ…俺、どうしよう…」
「大丈夫よネロ。泣かないで…いつから?」
「さっき、ぅっ、おきたら、」
しゃくり上げながら答えるネロの頭を撫でつつ、キリエは深刻な顔をした。
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