ネロがデビルメイクライに来てから早二週間が経過した。
ネロはぶーぶー言いながらも家事の一切をこなし、女である事への文句は聞かなくなった。ネロも懸命に理解しようとしているのだ。
ダンテもダンテで、ネロへの感情をはっきり自覚してから、ある種の焦燥感めいたものが無くなり落ち着いた気分でいる事が出来ている。
これが若い時分だったらどうなっているか、ダンテはこっそり苦笑いした。

そんなある日、ダンテはシャワーを浴びており、ネロが朝食の洗い物を終えたその時だ、事務所の黒電話がけたたましく鳴り響いたのは。
ダンテはシャワーを浴びているので、ネロは一瞬迷った後に受話器を取った。

「Devil May Cry」

「────」

電話口から聞こえたのは、いつかダンテに教えてもらった『合言葉』。
仕方ない、メモしてダンテに伝えるか、と机からメモ用紙とペンを取り出しながら応対していた、その時。

「──何…?」

ネロの手は止まった。

「おい、それ本当か?どこだ!?」

バスルームから出て来たダンテが見たのは、ブルーローズをホルスターに納め事務所を飛び出すネロの後ろ姿だった。

「!?おい、坊や!」

ダンテの制止は若干遅く、木製の古びたドアは乱暴に閉められた後だった。

「まさか…」

中途半端に開けられた机の引き出しと、床に落ちたボールペン。

ダンテは舌打ちし、急いで服を着てコートを羽織ると、リベリオンを担ぎ事務所の扉を蹴り開けた。




レッドクイーンは置いて来て正解だった、とネロは思った。
女になった今、あの機械剣は重すぎる上に大きすぎるのだ。

息を切らせながら走り、電話の主から言われた場所に辿り着いたのは何分かかっただろうか。最早それも分からない。
ただ、強い右腕の光が、『当たり』だと告げていた。

「おい、居んだろクソババア!」

『おやおや、クソババアとはご挨拶だねぇ』

やはり面白がるような口調で、それはネロの前に姿を現した。
ぼさぼさの薄い白髪頭に、しわくちゃの顔。その中で、ギョロリとした目玉が気味悪くネロを捉える。
間違い無くあの悪魔だ。

ネロは閻魔刀を出現させ、老婆の悪魔に斬りかかった。しかし、ひらりと避けられてしまう。

「俺を男に戻せ」

「それは無理な相談だねぇ…一度叶った願いを取り消すなんて話、あると思うかい?ひひひひっ」

相変わらず勘に障る笑い声だ。
舌打ちするネロに構わず悪魔は続けた。

「あれは紛れもない、お前さんの願いじゃあないか。婆はそれを叶えてやっただけさ…ひひっ!」

ネロの顔が段々歪んで行く。
閻魔刀を振るうが当たらない、と思った瞬間、左肩に激痛が走った。

「ぐぁっ!?」

「ひひ、痛いかぇ?それはすまなんだ」

爪だ、鋭い爪が肩に突き刺さっている。
悪魔は背後だ。ブルーローズを抜くが遅く、更に右の太股を貫かれた。あまりの痛みに崩れ落ちる。

「うぐっ、クソ、ッ…」

「ひひっ…ほら立たないと、避けられんぞ?ほれ」

「がはっ!?」

心臓を貫かれ、気が遠くなりそうな痛みにネロは舌打ちした。口の端から血が流れるのに気付き、拭おうとするがそれもだるい。

「俺は、…こんな事、」

「そうかい?でも女になったお陰であの男に気に掛けてもらえているじゃあないか。良かっただろう?ひひひひ!」

「ぐっ…ち、がう、」

身体のあちこちを刺され血まみれのネロが閻魔刀を支えに立ち上がる。その顔は泣きそうにくしゃりと歪んでいた。

「ちがう、」

ネロの手が震えている。


「──違う!俺はただ、ダンテに俺の事、見て欲しかっただけだ、…ダンテが、好きだっただけだ!!」


「────、」

そう泣きながら叫んだのと、ダンテが現場に辿り着いたのは、同時の出来事だった。

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