買い物に行ってる間は何とも無かった。
帰って、荷物を片付けて、どうしようかと取り敢えずソファーに座っていた時だ。

「っ、てぇ…」

ネロは顔を歪め腹を擦った。
ぎゅう、と下腹に重りを乗せられたような鈍痛に襲われたのだ。
その直後、

「…──、っ!?」

どろり。
何と言うか、何かが流れ出して来たような──と言うか流れ出して来た。気持ちが悪かった。

「(え、な、何だこれ、)」

ネロは真っ青になって取り敢えずトイレへ駆け込む。

「ぅ、わっ…」

血。ショーツに血がべとりと付いていたのだ。
しかも流血したようなそれではなく、若干固形のようであり粘度が高い血だ。

「うぉ、」

どろり、とまた恐らくは血が流れ出す。自分の意思とは全く無関係に排出される感覚にぞっとした。
そこでネロの頭の中に、あるひとつにして有力な可能性が浮かんだ。

生理、だ。

「(うわ、…マジ、かよ)」

大体どんなもんか、と言う知識はあったが、本当に多少のものだ。こんなに腹が痛くなるとは思わなかったし、こんなグロテスクな血液が出るとも思わなかった。
あと先程から便座に腰かけているが、出る血の量が多すぎやしないかとネロはハラハラしていた。
さっきからネロの意見を無視して流れ続けているのは間違いなく血液だろうが、気のせいではなく多い。

「(え、俺死ぬんじゃね?死ぬんじゃねえかこれ?)」

身体中の血液の3分の1など余裕で失いそうだ。
もちろんそんな訳がないのだが、ネロにはそれ位に恐ろしく感じられたのだ。

『坊や?どうした?』

長いことトイレに入っているのを不審に思ったのか、ダンテがドアをノックしてきた。
ネロは言うか言うまいか僅かな間に物凄く迷った後、ついに口を開いた。

「あの、なんか…血、が、」

『は?血?』

「だ、だから、ええと…」

ぎゅう、とまた腹が痛んだ。

「いててっ、」

『まさか坊や、』

驚いたような焦ったようなダンテの声。

『──生理、か?』

ネロは頷いたが、ダンテから見える筈がなかった。
だから、「…うん」と蚊の鳴くような声で答えたが、ダンテには聞こえたようだ。



その後のダンテの対応はまず電話をかける事から始まり、今に至る。
ソファーに横たわるネロの脇にしゃがみ頭を撫でるのは、艶やかで短い黒髪と鼻に走った一文字の傷が印象的な女性──レディと名乗っていた──で、彼女がナプキンやら鎮痛剤やらを持って来てくれたのだ。
初対面であったが、右腕の事には触れなかった。ダンテが説明したのか、彼女の順応力なのかは分からないがネロは安堵した。

「顔色が良くないわね…生理痛ひどい方なのかしら」

ネロの顔を覗き込むレディ。瞳が赤と青、左右で色が違うのがサングラス越しに分かった。

「…?人によって、違うのか…?」

「ええ。起き上がれないくらい痛む人とか、全く痛みを感じない人とか、色々よ」

そして自分は前者だった訳か、とネロは眉をひそめた。何と言うか不公平ではないだろうか。自分は身体を起こすのも億劫なのに。
これから戻らなかったら月一でこんな目に遭うのか、とネロは気が重くなったが、もう逃げないと決めた。──しかし決意が揺らぎそうになる痛さだ。気持ちも悪くて食欲がない。

「いけない、仕事の時間…ネロ、薬もあげるから飲んでおきなさいね?それじゃあ」

「ああ、…ありがとう、」

「悪かったなレディ、助かった」

ふたりの言葉に片手を上げ応えて、レディは事務所を後にした。

「…坊や、そんなに痛いのか?」

「…もう、本っ当信じらんねぇ位に…」

ダンテは困ったように頭を掻き、先ほどレディがしたようにソファーの脇にしゃがんだ。

「大体一週間くらいだったか?」

「らしいな…」

ネロの右手を握り、片方の手で優しく頭を撫でる。不思議と、痛みが少しだけ和らぐ気がした。

「これも試練だな」

「ったく、こんな試練いらねーっつーの…」

言いながらネロは目を閉じた。まだ顔は若干蒼白い。
ネロの右手が僅かに自分の手を握り返したのを感じ、ダンテは未だほんの少し幼さの残る寝顔を見つめた。

「…ガキ」

そう悪態を吐いたダンテの顔はどこか穏やかだった。

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