その日はダンテの部屋を使うように言われて、戸惑ったが疲労が勝っていたので使わせてもらう事にした。

ソファーで寝るなら、あまり言いたくはないが自分の方が小さいのだからその方がいいのに、と思った。多分また気を使っているのだろう。ネロは唇を噛み締めた。

半ばヤケになってダンテのベッドに潜り込むと、ダンテの匂いがした。
何故か、ひどく安心する。

「(…変態か、俺は)」

しかし、年の離れたオッサンを好きになった時点で変態かもしれない、とネロは諦め半分で目を閉じた。




朝が来るのは早く、目を覚ましたネロは日の光に目を細めた。そう言えばカーテンも引かずに寝ていたが、まあいいだろうとのろのろ身体を起こした。

「……」

一晩経っても、身体は女のままだった。溜め息を吐き、しかし次の瞬間意志の籠った瞳で顔を上げた。

落ち込んだり、泣いてる場合ではないのだ。

可能性が全く無い訳ではない。くよくよするのも性に合わない。
ならば、今出来る事をするだけだ。

こうなったきっかけである『願い』については、ダンテには悪いが言うつもりは無かった。
言ってしまえば、優しいあの男は嘘でも好きだと言ってくれるかもしれない。でもそれでは意味が無いのだ。
閻魔刀を巡って戦い、その件から始まってダンテが優しいのはよく分かった。だからこそ言いたくない。

ベッドから抜け出し、時計を見る。朝の七時だ。
そういえば、昨日はそのままの格好で寝てしまっていた。

「(シャワー借りようかな…)」

家にあるものは何でも勝手に使ってくれ、と言われている。お言葉に甘えて使わせてもらおう、着替えもその時でいいかとネロは着替えを持って一階へ降りた。

ダンテはまだソファーで寝ていて、起きる気配もない。
まあいいやとネロはシャワールームに入り、服を脱ぐ。正直言うと身体は自分でもあまり直視したくない。意識は男のままなので何だか見たら悪い事をしている気がするのだ。

服を脱ぎ終わり、シャワーのコックを回す──

「……?」

が、出ない。水すら出ない。
捻ったり戻したりを繰り返すも、シャワーはうんともすんとも言わない。ネロは頭を抱えた。

「(えー、どう言う事だよ!?)」

首を傾げながら、再びコックに手を伸ばした。



ダンテは朝日が顔に当たるのを感じ、ようやく目覚めた。朝の七時二十分、ソファーから立ち上がり、伸びて身体をばきばきと鳴らす。

「…シャワーでも浴びっかな、」

のろのろ歩き出したダンテは、物音のしないシャワールームへと向かった。
何故音がしないかと言えばシャワーから水が出ていないからであり、故にダンテは全く気づかなかった。

がらり、とガラス戸を開けた瞬間、

「「…………………」」

中にいたネロと正面から目が合った。
もちろんネロは何も着ていない訳で。

恐ろしい程の沈黙がふたりの間に流れた。
やがてネロの首から顔、耳、果ては全身が赤くなり、


「っうわああああああぁぁぁ!?」

ネロの絶叫がシャワールーム内に響き、ダンテは勢い良く回れ右。
戸がピシャリと閉められるのを見て、ネロは真っ赤な顔でその場にへたり込んだ。

『…坊や』

「なっ、な、な、何だよ」

曇りガラスの向こうにぼんやりとダンテの背中が見える。

『それ、押しながら捻るんだ』

「あ、あぁ、そう…」

努めて平静を装いながら返事をする。ダンテが何でもないように振る舞うので、動揺しているのは自分だけのようで悔しい。

無事にお湯を出す事に成功したネロに向かって、再び声がかけられた。

『坊や』

「だから何だよ!」

『胸ちっちゃいな』

「…………」

これは怒っていい所なのだろうか。たいへん複雑だが、妙に腹が立ったのでネロは戸の向こうへと叫んだ。

「うるせぇっ、この変態!!」



シャワールームから聞こえた怒声にダンテは肩を竦める。
前屈みで腕を伸ばしている格好だったのでダンテのアングルからは所謂R指定な部分は見えなかった。が、胸が随分小さいのはよく分かった。

「…どうするかねぇ」

事務所に戻り、ひとり呟く。

これからネロに必要なのは、女の身体を受け入れる努力だ。
少しずつ慣れさせるか。
それとも、ごく僅かな男に戻る可能性に賭けてみるか。

「(まあ、坊や次第だけどな…)」

何となく目を閉じると、ネロの白くて細い身体と、真っ赤になった涙目の顔が浮かんできた。

「………こう言うのは、良くないな」

ダンテは首を振った。

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