ダンテはボクサーパンツも脱いで背中を向けたままのネロの身体をじっと見る。
胸元は脱いだ下着で隠していて、顔はずっと俯いている。
決して邪な目的がある訳ではないが、ネロは何だか恥ずかしくて仕方がなかった。

「──身体に、何か変わった印とか、痣とか、そう言うのは無いか?」

「いや…何も」

ダンテは背面しか見ないと約束したので、あとは自分で見るしかない。が、そんなものは見当たらない。

「何か…あった?」

「…いや。もう服着ていいぜ、坊や」

無ければ無いで、不安になって来る。
印のようなものがあれば、それを破壊すれば済むのは流石に知っている。しかしそれが無いとなると、どうしたら良いのかネロには分からなかった。

服を着直すと、ダンテは深刻な顔をしていて、ネロの表情も曇った。

「…坊や、落ち着いて聞いてくれ」

嫌な予感しかしない。
ネロは拳を握り締め、小さく頷いた。


「──お前は、元に戻らない可能性が高い」


ひゅ、とネロが息を呑む音がした。
覚悟はしていたつもりだったが、実際にその現実を突き付けられるとあまりにショックだった。

「…理由は、二つ」

ダンテが静かに続けた。
ネロの身体は小さく震えている。

「まず、お前の身体に紋章らしきものが見当たらない…外部からは完全にどうにも出来ない」

ネロは小さく頷きながら耳を傾けた。
頷くのが、やっとだった。

「二つ目…これが一番の問題なんだが」

「…うん、」

「…大丈夫か?」

眉を潜め訊いて来るダンテに無性に腹が立って、ネロは思わず声を荒げた。

「っいいから!何が問題なんだよ、さっさと言えよ!!」

「おい、…」

親の仇でも見ているように恨みがましげな目で睨むネロにそれ以上何も言えず、ダンテは溜め息を吐いた。

「…その婆さんの悪魔は、お前の願いを叶えるって言ったんだよな」

ネロは頷いた。

「もし本当にそうなら、尚の事元には戻らねぇ」

「…どう言う事、だよ」

段々、ネロの声が震えて来る。
ダンテは極力気にしないように平淡な声で説明した。

「呪いだとか、そんな類のものなら誰だって解きたいと思うだろ?だから解呪の方法は昔から色々ある」

だけどな、とダンテは続けた。

「叶った願いを取り消したいって思う奴はそう居ない。だから、お前の『願い』を取り消す方法は──現状では、無い」

遂に、ネロの目から涙が零れた。

「っん、だよそれ…」

「坊や…、」

大粒の涙が、長い睫毛に引っ掛かっては落ちて行く。
握り締められた左手からはうっすらと血が流れていた。

「ふざけんなよっ、何が、何が俺の願いだよ!!俺は、こんな…」

「坊や、落ち着け…ネロ!!」

大声で名前を呼ぶと、びくりと肩を跳ねさせ喚くのを止めた。
音が消えた事務所内にしゃくり上げる声だけが響く。

「…っく、ふ…お、おれ…」

「ただ、…その悪魔、」

ダンテの口から咄嗟に言葉が滑り落ちた。

「その悪魔が見つかれば…何か分かるかも、な」

可能性は低いけどな、と付け加えてダンテは少女の頭を撫でる。

「………」

ネロは余計に泣きそうだった。
一体何回泣けば気が済むのかと自分を叱っても涙は止まってくれない。

好きな人に優しくされて、嬉しくない筈がない。でも素直に喜べないのだ。

「(…分かっててやってんのかよ?)」

自分がダンテを好きなのが分かっていて、こんなに優しくするのだろうか。
そんな訳はない(し、そうであって欲しくもない)のだが、疑念と苛立ちは消えない。
しかし、この優しい手を振り払う事も出来ない。

「(…なあ、もし俺が男のままでも、こうして優しくしてくれたのか?)」

口には出さなかった。
取り敢えず、今はもう何も知りたくなかった。

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