車内に響くアナウンスでネロは目を覚まし、赤いコートに気づくと、目の前で腕を組み眠る男を見た。そいつは上着を着ていなかった。

「(──あ、)」

ネロは頬を掻き、コートを持ち主に返してやる。
頭から重いレザーコートを投げつけられたダンテは、ぉわっと間抜けな声を上げて目を覚ました。

「おいオッサン、どこで降りんだよ」

「…ん?あぁ、」

御乗車有り難う御座います、次はヒューストン駅、次はヒューストン駅で御座います。──

「…ここだけど?」

降りるぞ、と言うダンテの後に続いて、げんなりした顔で列車を降りた。相変わらずトランクはダンテが持っている。
本当はどの駅で降りるかなんて分かっていた。
そうではなくて、ただ一言コートをかけてくれた礼を言いたかっただけなのに。上手く動かない口を呪いたくなる。


駅を出ると一転、人が多くなる。ダンテは慣れた様子でずんずん進むが、ネロは慣れていない上に身体が小さくなってしまったので、着いて行くのもやっとだ。右手でバッグの紐を握り締め、ほとんど無いに等しい人と人との隙間を何とか進む。

「う、わ」

人の肩に押され、たたらを踏むと、急に左腕を掴まれた。

「大丈夫かい、坊や?」

ダンテだ。

ネロは溜め息を吐き、力無く首を横に振ると、ダンテは苦笑した。

「ほら、こっち」

腕を引っ張られるまま脇道に逸れると、大分マシになる。
人通りが少なくなり、腕から手が離された。
何となく、ダンテの一歩後ろを歩く。

「なあ、ダンテ」

「ん?」

──あんた、魔人化して来たのか。

そう思った。そうでないと計算が合わないからだ。
丸一日はかかる道のりを、半日で来てしまうなんて。

「……いや、何でも」

でもネロはそれを言うのはやめた。
違ったら恥ずかしいし。
何より、そうだったとして、この男がそうだと言う筈もない。

「何だよ?」

「何でもねぇって」

それきり、二人は黙った。
時おりダンテが何か言って、ネロが少し反応を返して、それをたまに繰り返す。

率直に言って、居心地が悪い。

そのまま歩き続け、夜に宿をとって、部屋は別々なので特に話す事もなく。

ネロはベッドにごろりと横たわり、額に右手を当て天井をぼんやり眺めた。

ダンテは、何で自分が行くのを快諾してくれたのか。
何で荷物を持ちに駅まで来てくれたのか。
何で──

「(こんな、優しくすんだよ…)」

時折見せる紳士な行動も、ふと向けられる優しい視線も。
勘違いしそうになるから、止めて欲しい。本当は、嬉しかったけど。

でも、

「(俺が…女になった、から?)」

ネロの胸中に、急に黒く冷たいものが広がった。
そうだ。きっとそうなんだ──

「…余計なお世話だ、ってんだよ」

ネロは古びた天井の、ひしゃげた木目を睨みつけた。
苛立ちが込み上げて来て、ネロは早くもこの旅路を後悔しかけていた。

「(ダンテは『俺』だから優しくしてるんじゃない、)」

『俺が女』だから。

そんな単純で当たり前の事、もっと早く気付くべきだった。
ネロの視界が歪んでぼやける。

「(あのクソ野郎、何が俺の願いだよ、ひとつも叶ってねぇよ、死んどけ)」

女になってから、どうも涙腺が脆くていけなかった。



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もちろんヒューストン駅なんて適当です。実在するかどうかは知りません^p^

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