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お兄ちゃん。
どうして一回もそう呼べなかったのだろう、とルイスは暗闇に呑まれながらぼんやり思った。
ついさっきその存在を知った、双子の兄。ふたりは仲良しにはとても見えなかったが、なんとなく自分には優しくしてくれているような、そんな気がした。
こんなに早い、早すぎる別れが来るのなら、一度くらいお兄ちゃんと呼べばよかった。そうしたら、本当に家族になれたのではないかと後悔ばかりが頭を駆け巡る。
ふたりは手を伸ばしてくれたのに。
そのまま何の抵抗も出来ずに魔界へ落ち、死に果てる。それが、少女の運命だった。
──今、この瞬間までは。
ぱっくりと開いた時空の顎が、力なき少女の身体を飲み込んだ。
髭を先頭に皆が施した『荒療治』とは、つまりこういう事だ。
血を飲ませる事で手っ取り早く魔力を補充させ、それから強制的に魔人化させて治癒の促進をさせる。
魔人化した際、治癒力は普段の数倍にも跳ね上がるので、これを利用した訳だ。
血の数滴ではほんの2、3秒しか魔人化を保てないが、そんなに大量に飲ませる訳にもいかない。
と言うことで、全員でローテーションし何度もこの方法を用いた結果、ルイスは確実に回復していった。
若が再びルイスの頭を撫で、その時部屋のドアが控えめにノックされた。
「ん?」
「あ、俺。そろそろ交代しよう」
ネロだ。若はふと時計に目をやり、もうそんな時間かと思い返事をして椅子から立ち上がる。ネロが部屋に入り、ルイスの顔を覗き込んだ。
「ずいぶん良くなってるな、よかった」
「ああ。後は、目覚ましてくれると──」
「…ぅ、うう…」
「「!?」」
ふたりはベッドの中の少女を注視した。
銀の睫毛がふるふると震え、その下の、鮮やかな青が姿を表す。
「……?」
ゆっくり、瞼が持ち上がる。
「──俺、皆に言って来る」
「あ、ああ!」
ネロが部屋を飛び出し、若は再び椅子に座った。
まだ焦点の合わない青い瞳が、ふらふらさ迷っている。
ルイスが、目を覚ました。
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