5

お兄ちゃん。

どうして一回もそう呼べなかったのだろう、とルイスは暗闇に呑まれながらぼんやり思った。
ついさっきその存在を知った、双子の兄。ふたりは仲良しにはとても見えなかったが、なんとなく自分には優しくしてくれているような、そんな気がした。
こんなに早い、早すぎる別れが来るのなら、一度くらいお兄ちゃんと呼べばよかった。そうしたら、本当に家族になれたのではないかと後悔ばかりが頭を駆け巡る。
ふたりは手を伸ばしてくれたのに。

そのまま何の抵抗も出来ずに魔界へ落ち、死に果てる。それが、少女の運命だった。

──今、この瞬間までは。

ぱっくりと開いた時空の顎が、力なき少女の身体を飲み込んだ。








髭を先頭に皆が施した『荒療治』とは、つまりこういう事だ。
血を飲ませる事で手っ取り早く魔力を補充させ、それから強制的に魔人化させて治癒の促進をさせる。
魔人化した際、治癒力は普段の数倍にも跳ね上がるので、これを利用した訳だ。

血の数滴ではほんの2、3秒しか魔人化を保てないが、そんなに大量に飲ませる訳にもいかない。
と言うことで、全員でローテーションし何度もこの方法を用いた結果、ルイスは確実に回復していった。

若が再びルイスの頭を撫で、その時部屋のドアが控えめにノックされた。

「ん?」

「あ、俺。そろそろ交代しよう」

ネロだ。若はふと時計に目をやり、もうそんな時間かと思い返事をして椅子から立ち上がる。ネロが部屋に入り、ルイスの顔を覗き込んだ。

「ずいぶん良くなってるな、よかった」

「ああ。後は、目覚ましてくれると──」

「…ぅ、うう…」

「「!?」」

ふたりはベッドの中の少女を注視した。
銀の睫毛がふるふると震え、その下の、鮮やかな青が姿を表す。

「……?」

ゆっくり、瞼が持ち上がる。

「──俺、皆に言って来る」

「あ、ああ!」

ネロが部屋を飛び出し、若は再び椅子に座った。
まだ焦点の合わない青い瞳が、ふらふらさ迷っている。

ルイスが、目を覚ました。

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