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「…………」
「…………」
「…………」
三十分に渡る治療が終わり、三人は疲弊しきった様子で一言も口を利かず、呑気で幸薄そうな顔のジョンソン医師だけが何も無かったかのようにしている。
フェンリルを脱がせたところでルイスの脚力が落ちる訳ではない。
この野郎、誰のお陰で死なずに済んだと思ってるんだ、と若は内心悪態を吐くが言葉にする訳にもいかない。
バージルも、ずっとタイミングを計る為に集中させていたのでだいぶ神経を摩耗してしまった。
ルイスも魔力を無駄に流してしまったのとストレスで顔色が悪い。
そんな中、ジョンソンの口から悪夢のような言葉が発せられた。
「──あー、ごめんなさいね。終わらなかったから、来週もう一度来て下さいね」
ああ、死刑宣告。
*
当然、それで終わると思っていたルイスにもう一度治療を受けるだけの決意が残っている筈もなく、嫌だと言いながらもまあ、時は過ぎてしまうもので現在に至る。
ルイスが全力拒否を決め込んだ為、今回は最終兵器二代目が歯医者に連れて行く事となったのだ。
力ではもちろん勝てないし、こう言う時の二代目は容赦ない。のでどうしたかと言うと、事務所中を逃げ回り隠れ回り、かれこれニ十分になる。
予約の時間まであと五分。だが多少遅れたところで支障はないだろう、どうせ他に客はいない。
二代目はルイスの気配でどこに居るかは分かっていたのだが、なにぶんすばしっこい為、二代目が向かう頃にはうまく移動してしまっていたのだ。
パワーは最下位だが恐らくスピードは一番だな、と事務所机周辺の見張り担当の髭は呑気な事を考えていた。
しかし、次第にパニックになったルイスはよく考えもせずに自室のクローゼットに飛び込んでしまった。
「(…やっぱり、まだ冷静さが足りないな。こればかりは経験を積むしかないか)」
二階の廊下で悠長に考えながら、二代目はルイスの部屋のドアノブを回し、中に足を踏み入れた。
ベッドの脇にフェンリルが脱いで置いてある。足音を立てない為だろうが、あまり意味は無かったようだ。
二代目は迷う事なく左手でクローゼットの取手を掴み、勢いよく開け放ち、その中に右腕を突っ込みルイスの腕を掴むと小さい体を引っ張り出して抱っこの要領で捕まえた。
「!!??」
「詰めが甘いな、ほら捕まえた」
「わ、うわあぁ!!」
じたばた暴れるが効果はなく、二代目に抱っこされ一階に着く頃には、抵抗を止めた代わりにぐずり出してしまった。
「泣くな、これを頑張ったらもう終わりだから」
「ふぇ、だ、ってー!まえも、そう言ったのにぃ…」
頭を撫でるも効果がない。
本格的に泣き出しそうなルイスに、どうしたものかと考え、やがてぽつりとこう言った。
「──じゃあ。これが終わったら…いいものをやろう」
「…いいもの…?」
「いらないか?」
小首を傾げて訊くと、ぐずりながらも目を擦ってルイスは首を振った。
「…いる」
二代目は笑って、ルイスを床に降ろし、以前買ったルイスのビーチサンダルを出して履かせた。靴下にサンダル、微妙な格好だが誰も気にしないだろう。
「じゃあ、頑張れるな?」
「……うん」
俯きながらも頷いたルイスの左手を握って事務所を出る。
扉が閉まり、初代が言った。
「二代目が一番ルイスの扱いうまいよな」
「いやあ、本能で逆らっちゃまずいって悟ってんじゃねぇの?なあバージル」
「何故俺に言う」
髭がおかしそうに言うと、バージルの眉間のシワがすごい事になった。
「髭を剃るついでに首を跳ねてやろうか」
「ついでになってないぜおにーちゃん」
「イエーイ!やったれおにーちゃん!」
若が火に油を注ぎ、初代は全く止める気配もなく面白そうに見ているので、ネロは溜め息を吐いた。
なんか俺最近こんな役回りばっかじゃないか、とちょっぴり故郷を懐かしんだりしてみた昼過ぎの事。
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