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診察室の中も、まあひどい。
歯医者にある患者が横たわる椅子と、道具を置く台(上に乗ってる道具がやたら少ない)、それから何やら大きめな歯医者っぽい機械一台。
あれ、と若は首を傾げた。
歯医者ってもっと何かこう、色々あるもんじゃないのか。
バージルに視線をやると、同じ事を思っているのか腕を組んで怪訝そうな顔をしている。

「はい、じゃあちょっと削りますよ」

ジョンソンはあの唯一のでかい機械に繋がっている歯医者っぽい器具を持ち出す。それがチュイインとまさしく歯医者っぽい音を立て起動し、若は思わず肩を竦めた。大人になってもやはり気持ちの良い音ではない。

「(──ん?待てよ、)」

何か、ここには何か足りないものがある。いや見るからに色々足りないのは分かるが、そう言う細々したものではなく、明らかに何かがない。

「なあバージル、」

横を向くと、バージルが驚いたように目を見開いていた。珍しい光景に若もぎょっとするが、若の呼び掛けにこちらを向いたバージルはいつもの仏頂面だった。

「…、何だ」

「いや何かさ、…何か足りなくね?」

そう首を傾げてみると、バージルに頭をスパンと叩かれた。

「ってぇ!」

「馬鹿が、よく見ろ」

何か焦ったようにも見えるバージルが、ルイスとジョンソンのいる椅子の所を指差した。


「──ライトが、ない」


若は一瞬固まった。
そうだ、患者の口内を照らすでかいライトがない。この部屋には天井に付いている小さな蛍光灯しか明かりがない。
しかもジョンソンが立ってる場所はルイスの口内が逆光になっている。大丈夫なのかこれは。

ふたりは思わず椅子に近寄った。ガガガガ、と歯が削れる音がして、ルイスが足をじたじたさせた。

「〜〜〜〜〜!!」

「はい、ちょっと我慢して下さいね」

これはまずいんでないか、と若は思った。
ルイスは本気で痛そうだし嫌そうだ。それもこの歯医者にジョンソンしかいないのと、設備の異常な乏しさと、処置の雑さが相まって多分ルイスの許容出来る範囲を超えそうだ。

そうなるとどうなるか。

若が考え出したその時、

「〇☆×*√∠△&!?」

「あれ、ごめんなさいね」

手元が暗いジョンソンが何かやらかしたようだ。それと同時に、

バチッ!

「……?」

電気がはぜるような、とてつもなく聞き覚えのあるような音がした。
バージルと目が合った。

「「…………」」

バチッ!

恐る恐るルイス達の方へ視線を戻すと、ふたりして息を呑んだ。

「まっ、ちょい待った!」

「はい?」

若は思わずストップをかけた。バージルもそれを咎める様子はない。
それもそうだろう、

あのバチッ、はルイスがデビルトリガーを引いた音だったのだ。

幸いにも魔人化したのは一瞬、左の腕だけで、ジョンソンには見えていなかった上に彼は音についても機械から発せられたものだと思ったらしく(それもそれでどうかと思うが)気にしている様子は無かった。

「…え、えぇと。手、握ってていいか?」

「はい、どうぞ」

そう訊いたのは若だが、ルイスの左手はバージルが握り、若は足を押さえた。
いくら子供でもルイスは半分悪魔なのだ。本気で暴れ出したら屈強な大人ですらひとたまりもないだろうに、このひょろひょろした歯科医だったらどうなる事か。

治療が再開される。
また足がばたついて、しかもブーツが白く光り出したので慌てて若が押さえた。ジョンソンは気付いていない。バージルは若に目配せして、頷いた若がフェンリルを脱がせた。危ない。

今度はまた左手に魔力が集中するのを感じ、バージルがタイミングを合わせて魔力を流し込んだ。
相殺された魔力は消え、ルイスの手はそのまま。ふたりはそっと安堵の息を吐いた。

魔力をコントロール出来ていない証拠だ。
そもそもルイスはまだ自分の意思で魔人化する事が出来ない。
ではルイスがデビルトリガーを引くのはいつなのか。

ひとつは、デビルメイクライに初めて来た時のように、外的要因による時。

そしてもうひとつは、強い身の危険を感じた時、つまり『マズイ、こいつは何がなんでも倒さないと』と本能で察知した時だ。今回は、と言うか大体はこちらである。

ネロはこれをひとりで対応していたのか、と今は事務所にいる彼にこっそり感服したと同時に、そりゃああんなにぐったりもするな、と今更気の毒に思ったふたりであった。

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