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憔悴しきった様子のネロと、涙目でそうとうご立腹のような顔のルイスが帰って来たのは、それから一時間ほどしてからの事だった。

「ただいま…」

「……」

双子は首を傾げた。
ネロは疲れきったようにぐったりしていて、ルイスはムスッとした不機嫌丸だしな顔で口を開こうともせずに今の今までネロの右手を離すまいと握りしめていた。
年長組の三人はああやっぱりな、と言う顔をしているが双子にはさっぱり状況が理解できない。

「…どした?」

若が恐る恐るネロに問うと、ネロはあー、とゾンビのような声を上げてソファーに倒れ込む。ルイスは自室へ走り去ってしまった。

「……まあ、色々…」

だるそうに手袋を外しながら、双子に視線をやった。

「…次、頼めるか?多分ふたりなら大分楽な筈だし」

歯医者に連れて行くのに楽もなにもないだろ、と双子は思ったが、ただならぬネロの様子にほんの少しの好奇心も合わさって、分かった、と頷いてしまったのである。

ここでふたりが犯した最大のミスは、後からでもその時の詳しい状況を聞き出さなかった事、その一点に尽きる。


一週間が経ち、ルイスが歯医者に行く時間になった。

「ルイスー、歯医者行くぞ」

若が呼ぶと、ルイスは固い顔になって硬直、やっと頷いた。

「これで終わりってこないだ言ってたろ、頑張れ」

ネロに言われて、唸りながらもコートに袖を通すルイスを扉の前で双子が待つ。
支度を終えると、三人は事務所を後にした。扉が閉まり、ネロは溜め息を吐く。

「坊や、こないだはどうだった?」

髭が訊くと、遠い目をしてネロは答えた。

「…もうマジで大変だった」



教えられた道を進んで行くと、それはあった。
ジョンソン歯科医院、と元々は白かったであろう、今はスプレーで落書きされたり泥や埃、年季もろもろで変色しきった汚い小さな平屋にかけられた看板に、消えかかった文字で書いてある。
歯医者らしいが衛生的に大丈夫なのか、と一抹の不安を感じたが、場所が場所だけに仕方なくもあった。
それにルイスにはもちろん戸籍など無い。そんな患者を気にせず診てくれる歯医者はここくらいのものらしい。

ルイスは既に帰りたそうな雰囲気を出しているが、そうも行かない。
若がルイスの右手をがっしり掴み、バージルが先に中に入った。

「先週予約していた者だが」

「ああ、ルイスさんですね」

中にいたのは、縮れた短い茶髪の、一応歯医者らしき格好をした四十代くらいの男性。顔はマスクをしていてあまり見えないが細長く、シワが多い。ぎょろりとした目は目蓋が重そうに垂れ半分くらい白目だ。下には濃いクマが出来ており、まったく冴えない風貌の男だが、多分こいつがジョンソン医師である。

「どうぞ」

何とも覇気のない声だ。
診察室へ向かったジョンソンを追う事なく、ルイスは不安そうに若とバージルの袖を引っ張っている。

「分かった分かった、行くから」

バージルとアイコンタクトを取り、若が言うと、ちょっとだけほっとしたように診察室へ足を向けた。
一方ふたりは今ごろになって、先週のネロの様子を思い出したのであった。


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