6
次の日、朝食を済ますなり出かけて行った双子が持ち帰って来たものにルイスは唖然とした。
絵本だ。
ピンク色の、ひょうたんのような形状をした謎の生物が表紙を飾るものを初め、数冊の絵本を小脇に抱える兄たちの姿は幼心にもシュールだった。似合わないにも程がある。背後で髭が吹き出し、初代はほっぺをリスのようにして何とか耐えているようだがネロはトイレにいてこの光景を知る由もない。二代目はノーリアクション。
「…若、バージル、それって」
「絵本だ」
「あ、…うん」
流石にそれくらいは分かる。
何故にそれを持って帰って来たのかが問題なのだが。
まあ、訊けない。
「………」
事務所内に妙な沈黙が流れた。
どうしたものかとルイスが固まっていると、状況を知らないネロの声がした。
「あ、お帰… …?」
「ただいまー」
「…何だそれ」
ネロが変なものを見る目で絵本を指差す。
「絵本だ」
またもやしれっと答えるバージルに、いやいやとネロが手を振った。
「分かるよんな事!ちがくて、何でそんなモン持って来てんだよ」
ルイスの中でのネロへの尊敬度が上がった。すごい、訊いちゃったよ。
若はニカッと笑い言った。
「ルイスに読ませようと思ってなー」
他の面々はあーと頷く。
「え?…あたし?」
「そりゃあお前、他に誰が読むんだよ」
苦笑しながら若がソファーに向かって歩く。途中で振り返り、『おいで』とアイコンタクト。
ルイスはソファーへ着いて行き、若の隣に座った。
それを見て、デビルメイクライの面々も行動を再開する。初代は雑誌を読みはじめ、二代目はコーヒーに口をつけ、髭は机に脚を上げ電話番。
ネロは昼食を準備するためにキッチンへ入り、若とルイスを一瞬振り返りバージルもそれに続いた。
若が絵本を開く。幻想的な森の絵が表紙だ。最初のページは白地にただ一文が書いてあった。それを指でなぞりつつ、若は口を開いた。
「──Long long ago,There was a small forest.」
キッチンにてサラダ用のレタスをちぎりつつそれを見ていたネロが、バージルに呟いた。
「しかし、絵本か。ふたりで同じ事考えるなんてなぁ」
言ってみてから、ネロは軽く後悔した。まずい、バージルが機嫌を損ねたかもしれない。下手すれば刺されるかもしれない。
ちょっと身構え、しかしバージルの反応はあまりに予想外だった。
フライパンの中身を木べらで混ぜながら(今日の昼食はミートソースのスパゲッティだ)、バージルは静かに目を伏せる。しかし、哀愁を感じさせるものではなかった。
「──母さんが」
母さん。その単語にネロは思わず肩に力を入れてしまうが、バージルは至って平静に、どこか穏やかに続けた。
「俺たちに絵本を読んで、字を教えてくれた。…ああやって、字を指で追いながら、どこを読んでいるのか分かるようにな」
ネロはへぇ、と答えた。
バージルは一度もルイスと若に目線をやってはいないのだが、それを言うと大変な事態になりそうなので寸でのところで飲み込んだ。
「若も覚えてたんだな」
ちょっと意外かも。と漏らすと、バージルは、ふん、と鼻を鳴らした。
「らしいな」
心なしか木べらを動かす手つきが忙しなくなってきたバージルを見て、ネロはこっそり笑った。
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