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「ルイス、…だよな?」
「へ?…あ、うん。ルイスだよ」
シャワールームの前でルイスを呼び止める。青い、無垢な瞳がネロを捉え、急にいたたまれなくなった。
「…お兄ちゃんは?」
ルイスが小首を傾げ、ああ気を使っているんだなあとネロは思う。同時に、こんな小さい子に、と情けなくもなった。こんな事ではいけない、仮にも『お兄ちゃん』にあたる年齢なのだ。
「俺は、ネロ。宜しくな」
二代目の言葉が頭を巡る。
ネロはしゃがみ込み、恐る恐る──しかしそれを気取らないように、異形の右手を差し出した。
「うん!ありがと、ネロ!」
ルイスは迷わず悪魔の右手を、ふたまわりは小さなその手で握る。
「…怖くないか?」
「うん。…さっき見たとき、ちょっとびっくりしたけど、でも怖くないよ」
そう言うとルイスは、ネロの右腕を持ち上げてぺたぺた触る。指を握ってみたり、手のひらを押してみたり。悪魔と戦ったり、気を使ったり、そんな面ばかり知っていたが、やっぱり子供なんだな、とどこか安心した。
「なんかね、ふしぎな感じがする」
「ふぅん…?」
ルイスもスパーダの血族だ。何かしら感じ取るものがあるのかもしれない。
されるがままだった指を動かして、ルイスの小さい手のひらをくすぐる。きゃはは、とルイスが笑う。
「…さ、シャワー浴びて来いよ。使い方教えるから」
「うん!」
ルイスにシャワーの使い方を教え、そう言えば着替えがない事に気付く。
ワンピースは完璧にアウトだ。シミが落ちないくらいに血まみれで、それ以前に大きく穴が空いている…と言うかもう穴と言うレベルではない。
コートは洗ったらどうにかなりそうだが、だいぶボロボロだ。カーゴパンツも血が付いているが、まあマシだ。でも全体的に買い替えた方がいい。
「あー、Tシャツ置いとくから、それ着ててな」
『わかったー』
シャワールームから返事が聞こえて、ネロは踵を返し自室へ向かった。階段で初代とすれ違う。
「はよー」
「おはよう」
ネロは振り返り、階段を降り切った初代に言った。
「ルイス、今シャワー浴びてる」
「…はは、やっぱ気にしてるように見える?」
初代は頭を掻き、照れたように笑う。
「つーか、気になるんじゃないのか?妹だろ」
「うん、確かに。仕方ねえよな…なあ、ネロ」
「ん?」
初代は安堵したような微笑みを浮かべた。
「手、届いたんだよな」
「…え?」
「や、何でもね。さーて、朝飯手伝うか」
初代は回れ右、そのままキッチンへ消えていった。今は二代目が朝食の準備をしている。
ネロは首を傾げ、部屋に入った。そう言えば、バージルがまだ起きて来ない。珍しい、と思ったが、恐らく昨日はよく寝付けなかったのかもしれない。髭と若はいつも通りだ。
部屋に入り、黒いTシャツを出してまた下に降りる。その間に降りて来たのか、キッチンにはバージルがいた。サラダ作りを手伝っている。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
『ねー、シャンプー使っていい?』
「いいぞ、棚にあるだろう」
バージルが答える。はーい、と声がした。
ネロは扉を開け、脱衣場にTシャツとタオルを置く。
「着替えとタオル、置いとくぞー」
また、はーい、と声がした。
昨日までの騒動が嘘みたいだ。おかしくなって初代はこっそり笑った。
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