「あのね、杏子ちゃん、…内緒にしててほしいんだけど…」
「オッケー、分かったわ」
昼休み、屋上にて。
手作りと思われるサンドイッチを一口かじり、祈は2、3度視線をさ迷わせてから口を開いた。
「…あのね、クッキーなんだけど」
「うん」
「その…バクラさんは、クッキー食べるかなぁって」
「うん…え?」
獏良?いや、祈がばくらさんと呼ぶのは不良の方だ。
「…え、祈、バクラにクッキーあげるの?」
杏子の驚きはもっともなものだ。獏良から聞いたが祈は昨日、そのバクラに殴られかけたばかりである。
「いや、まだ決まった訳じゃないんだけど、今日ね、飴もらったから…」
わたわたと説明する祈。杏子は大きな目をまん丸にしていた。
「(バクラが…飴!)」
あまりに似合わない。飴も、それを彼女にあげている光景も。ぶっと吹き出すと、祈は頭上に?を浮かべて杏子を見つめた。
「ご、ごめんごめん…そうねぇ、確かアイツ、獏良君と同じでシュークリームが好きだったはずだから、クッキーとかお菓子も好きなんじゃない?」
「シュークリーム…!?」
今度は祈が目を丸くする番だった。
獏良はなんとなく分かる。可愛いなあとも思う。しかしあのバクラが甘く可愛らしいシュークリームを好むとなるとなかなか想像するのが難しい。食べている姿がまるで浮かんで来ない。
「あ、…そう。そうなんだ」
ならよかった、とまた一口サンドイッチをかじる。
「(…よかった?)」
何が、と自問するが答えはなかなか返って来ない。そもそもまだバクラに渡すと決まった訳でもないと言うのに。
「でもそっかぁ、バクラにクッキーあげるのね。渡すのはどうするの?」
「あ」
すっかり失念していた。作っても渡さない限り食べてもらう事はできないのだが、どうやったら渡せるのか。そもそも受け取ってくれるのだろうか。
分からないし、なるべくなら会う機会を減らしたい。
「……獏良君、に頼んでみようかな…」
「なるほどね、それなら確実に届くだろうし」
杏子が頷く。
なら決まりだ、意気込む祈に杏子はクスリと笑った。
*
「ああああぁぁ…無理やっぱり無理、やめよう、私やめる…」
「もうっ、今更何言ってるのよ!先週決めたでしょ!」
「で、でも杏子ちゃんん…」
水色のリボンがちょんとすまして口を縛っている小さな袋を手に、祈は教室の前を右往左往していた。
調理実習中は良かったのだが、終わった瞬間に祈の勇気がまるで萎んでしまったのだ。それ故、獏良にはクッキーを渡せたのに肝心なバクラの分を預けられなかった。
「大丈夫よ、それ美味しかったもの」
杏子の言葉は率直な感想だ。
遊戯達は喜んで受け取ってくれたし、ナムは美味しいと褒めてくれたし、マリクからだって上手く出来たじゃねぇかと上から目線ではあったものの褒めてもらった。そもそも先生の用意したレシピ通りにいっせいのせで作ったのだ、味に問題がある筈もない。
「でも…うぅ」
「大丈夫だって!」
祈は俯いてきゅ、と両手で袋を握る。もちろんクッキーを割らないように。
何故、バクラにクッキーを渡そうと思い立ってしまったのか、まずそこからして謎だ。
飴のお返し、だなんて言うのは不出来な口実でしかないのは自分で良く分かっている。バクラが飴をくれたのは殴りかかったお詫びであり、だから貸し借りは既にゼロの筈。じゃあ一体何故。
「(わかんないよ…)」
「おーい、真崎!少しいいか」
「あ、ちょっとごめん。はい!」
杏子は教師に呼ばれてその場を離れた。心細さが三割増になり、いっそもう帰ろうか、そう思った瞬間。
「何やってんだ?テメェ」
「!」
背後から掛けられた訝しげな声に肩をびくりと揺らした。出来れば聞きたくなかったような、本当は聞きたかったような声。
「ば、バクラ、さん…」
ぎぎぎと音がしそうな程ぎこちなく振り向くと、白髪の下の双眸が祈を鋭く捉えていた。会うのは飴を貰った日以来、つまりは一週間ぶりである。
「何だぁ?宿主に渡すのか?」
祈の手の中のクッキーを見つけたバクラは、ひょいとそれを取り上げる。
「あっ、えっ、」
「何だよ、いつまでもそうしてる位なら俺様が渡しといてやるっつーんだよ」
安心しな、お前からのだって言っといてやるよ、と言うバクラの顔はからかっているようには見えない。祈はバクラの背中に向かって、震える口を無理矢理開いた。
「あ、あのっ!」
声がひっくり返った。バクラが怪訝な顔で振り向く。
「そ、それ、バクラさん、に、あげようと、思ってて!」
「は?」
「い、らなかったら、捨てても、いいです…から…」
それだけ言って、くるりと背を向け走って行った祈の背中から手の上の袋に視線をやり、バクラは苦い顔をした。
「…俺が無理矢理ぶんどったみてーじゃねぇかよ」
水色のリボンは、少しくたびれていた。
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