「…はぁ」
バクラは盛大に溜め息を吐いた。もはやライフはゼロだ。
案の定、宿主こと獏良の耳に事が入っており、家に帰るや否や怒られた。更にいつもは当番制の家事を全てやらされ、挙げ句に『謝って来い』と。
確かに本気で殴りかかったのはやりすぎた感もあったが、宿主はこれにかこつけて家事をやらせたかったのもあるんではないかとも思う。勿論そんな事を言える立場ではなかったのだが。
「(クソッ、あん時来たのがあの双子じゃなかったら…ってかあいつら藤宮の事構いすぎだろ)」
確かに藤宮祈と言う彼女は、なんだか見ていて危なっかしい。恐らく運動神経が鈍いせいもあるかもしれないが、多分小さい妹でも見ている気分になるのだろう。
「バクラ」
「あぁ?んだよアテムかよ…」
こいつもどうせ昨日の事を知っているのだ、バクラは辟易してアテムに視線を向けた。
「妙な事を考えているなら考え直せ」
「…は?」
「だってお前、昨日祈の財布を拾ったんだろう」
「………あぁ」
実は盗んだ、とは言わないでおいた。これ以上ペナルティが増えるのは御免だ。
「で、中身も抜かなかったんだろう」
「…だから何だ」
「おかしい」
「テメェ俺様を何だと思ってやがる…」
イラッとしつつ、アテムの大真面目な顔を睨む。それくらいで怯む相手でないのは分かっているが。
「…チッ。あーあー分かったよ!俺様は宿主からあいつに謝って来いっつわれてんだ、それが済んだらもうあいつには関わらねぇよそれでいいだろ!」
「…別に関わる関わらないはお前と祈の自由だぜ。お前が悪い事をしなきゃそれで良いってだけの話だ」
「あーそーですか」
投げやりな返事をしつつ、バクラは踵を返した。
「(…どいつもこいつも…)」
女子に手を上げるとこうなるのか、とバクラはげんなりしつつ廊下を歩いて行った。
*
2-Bの文字を確認して、その下の戸をがらりと開ける。話し声で溢れていた空間は、バクラを発見した瞬間に若干トーンが落ちた。
「どうした?」
「おい、藤宮いるか」
バクラに近付いて来たのはナムだった。舌打ちしたいのを堪えて訊くと、案外あっさりと了承の返事が返って来た。
「あぁ、藤宮ね…藤宮!」
「はい…?」
とことこやって来た祈は、バクラの姿を捉えてぎょっとした。
「藤宮、面貸しな」
「え゛っ、」
「またそういう言い方するから…藤宮、行って来な」
ナムがとん、と祈の背中を押した。当の彼女は不安と恐怖がない交ぜになった表情でナムを振り返っている。
「…随分あっさり行かせるじゃねぇの」
「お前はそこまで馬鹿じゃないと思ったんだが、違うか?」
「……フン」
祈は2人に挟まれおろおろしている。と、踵を返したバクラに着いて来な、と言われてもう一度ナムを振り返った。
「まあ、万が一何かあったら逃げておいで」
ほらあんまりあいつを待たせると面倒だぞ、とナムが言うので祈は慌てて小走りでバクラの背中を追い掛けた。
バクラは、ちょこちょこ後ろをくっついてくる足音を確認して溜め息を押し殺すと、少し、ほんの少しだけスピードを緩めた。遅い。
ナムがあっさりと祈を行かせた事やマリクが何も口出しして来なかったのは、バクラは何もしないと言う確信の元での事だろう。バクラは舌打ちした。一瞬後ろの足音が止まった。更に舌打ちしたくなった。
「…藤宮」
中庭にある大きな木の元で立ち止まり、バクラが呼ぶと、祈はおそるおそる返事をした。
「…はい…」
「…あー、なんだ、あれ…昨日、悪かった、な」
「あ、…いえ、大丈夫、です」
なんと言う歯切れの悪い会話なのだろうか、そこで静寂が2人を包んだ。バクラは頭を掻きむしりたくなるのを堪えて、ポケットの中から目当てのものを取り出して軽く放り投げた。
「え、」
危なっかしくそれをキャッチした祈は、手の中の小さなそれをまじまじと見つめる。
「これ…」
「…やる」
バクラはそれだけ言うと、くるりと背を向けて去って行った。
「やる、って…」
呆然とする祈と、その手の上の飴玉のみがその場に残されていた。
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