「(あー…怖かったあぁ)」

教室へと戻り、自分の机にずるずると凭れかかる。
祈は何かと不良にちょっかいを出されやすいのだが、バクラの怖さは別格だ。大体不良は威圧的で怖いが、その中にもどこか頭の悪そうな、滑稽な部分が覗く事がままある。しかしバクラにはそれが無いのだ。

「(…頭の良い不良って怖い…)」

勿論学力的な意味ではなく、頭の回転と言う意味で。

はあ、と気を取り直すために溜め息を吐くと、ガラリと教室の扉が開く。驚いて振り向くと、目を丸くしたアテムと目が合った。

「祈!どうした、まだ帰ってなかったのか?」

「アテム君!私、ちょっと忘れ物して…アテム君は?ええと…親戚の子と遊ぶんじゃなかったっけ」

「ああ、隣の教室でカードゲームをしてたんだ。これから帰るんだが、俺も忘れ物をしてな…それより祈」

「?」

真面目な顔をして自分を見つめるアテムに、祈は首を傾げた。

「バクラに殴られそうになったらしいな。大丈夫だったか?」

「あ…ナム君達から聞いたの?うん、大丈夫。2人が助けてくれたの」

「そうか、なら良かった…信じられない奴だぜ」

腕を組んだアテムが顔をしかめる。

「それより祈」

「なあに?」

「さっき祈が中庭にいるのが窓から見えたんだが…」

祈の顔色がさっと青くなった。別に悪い事をしていた訳ではないのだが、何となく、事故でもバクラと会った事が知れたら怒られそうだと思ったのだ。

「木でよく見えなかったが、誰かと話してたな。しかも走って戻って行ったし…もしかしてバクラと会ってたのか?」

「!」

あと、話している最中に怯えているように見えた。とアテムは付け加えた。まったく、彼の洞察力は凄まじいものである。
黙ってしまった祈を見て、肯定と取ったアテムは、眉を下げて、すまない、と謝った。

「えっ、なんで、謝る事ないよ!」

「いや、バクラだと思った時点でお前の所に行ってやれば良かったぜ…悪かった」

「ううん、私…あそこにバクラさんがいるとは思ってなかったし…あ、でもね!」

「?」

「あの、私、落とした財布を探すのに中庭まで行ったんだけど…バクラさん、私の財布拾っててくれてたの!」

「な、…え?」

ぽかんとした顔をしてアテムが声を漏らす。

「財布見ませんでしたか、って訊いたら、渡してくれたの」

「(それって…)祈、財布の中は確認したか?盗られてないか?」

「へ?…ううん、何も盗られてないよ」

「何…!?」

あのバクラが!他人の財布を拾って、尚且つ中身も抜かずに、捨てもせず、ちゃんと本人にしかも直接返すだなんて!
アテムの脳内は軽くパニックだった。

「(頭でも打ったのか?それは無いか…。あいつにそんな殊勝な心掛けが…いや、怪しいぜ!)」

「アテム君?」

大体、バクラに財布を返してもらっている(と思われる、アテムの位置からはよく見えなかったが)際の祈は怯えているように見えたのだ。万一バクラが頭を強打して聖人のようになったとしたらそれはおかしい。多分。

「祈、気を付けろ!罠かもしれないぜ!」

「わ、罠!?」

「ああ。これで実は良い人だと見せかけ、祈が近付いた途端に金品を要求したり殴られたりする可能性もゼロじゃないぜ」

「ええぇ…」

真面目な顔で熱弁するアテムに気圧されつつ、祈は首を傾げる。少し萎みつつあったバクラへの恐怖がぶり返すような感じがした。

「そ…そんな事あるのかなぁ…」

「ないとは言い切れないぜ、とにかく何かあったら俺やナムやマリクにすぐ言うんだ」

「う、うん」

「おいアテムー!いつまでかかって…へ、彼女!?」

そこに、金髪の不良のような男子生徒が戸を開けて入って来て、途端に目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

「城之内君!彼女じゃないぜ。友達の藤宮祈だ」

「あ…ど、どうも…」

「大丈夫、城之内君はすごく良い人だぜ」

城之内の外見に圧倒されて思わず縮こまる祈に、アテムはふっと笑う。

「なーんだ、アテムが抜け駆けしたかと思ったじゃねーか。俺、城之内克也!アテムの友達なら俺の友達だ、仲良くしようぜ!」

「あ…うん!」

にっと人好きのする笑顔を向けられ、祈もつられて微笑む。
それから、城之内に続いてやって来た武藤遊戯(アテムの親戚、らしいがあまりに外見が似ている)や真崎杏子、本田ヒロトと挨拶を交わし、最後に教室へ入って来た人物に目を見開いた。

「ごめぇん、なかなかノート見つからなくて…あれ」

「!?」

量が多く長い白髪に、端正な顔立ち。
デジャヴだった。

「ばっ、」

「安心してくれ祈、こっちは何て言うか…違う方だ」

アテムがフォローし、白い少年が近付いて来る。

「君が、藤宮祈さん?」

「あ…はい…」

「ごめんね、バクラが酷い事したんだってね?怖かったでしょ」

後でちゃんと言っとくから、と眉を下げて言う彼があまりにそのバクラと似ているので軽く混乱しつつ、はぁ、なんて曖昧な返事をした。

「あの…あなたは…」

「あ、僕は獏良了。よろしくね」

「え、えっ?」

どうなってる、と隣のアテムに助けを求めるように視線を向けると、2人は同姓同名、見た目もどこか似ているが奇しくも全くの他人同士である事、不良のバクラはこちらの獏良の家に居候している事を説明してくれた。
世の中不可思議だらけだ、と祈が感心していると、獏良は女子も顔負けな程可愛らしくにっこりと微笑んだ。私女やめた方がいいかも、とこっそり思ったのは秘密である。

「ねえ、酷い事って…?」

遊戯が心配そうな目で訊く。他の3人も気になるようだ。

「あ、未遂だけどね。それはまた後で。…それで、もう僕たち帰るけど、藤宮さんも一緒に来ない?」

寄り道をするのだと言う獏良に祈は渋るが、杏子が口を開いた。

「藤宮さんもおいでよ、私女1人なんだもの」

「い、いいの?」

「もちろん!」

ウインクしてみせる杏子に少々見とれつつ、じゃあ、と祈は一行に混ざって帰る事にした。

杏子とは話が合ってすぐ仲良くなり、アドレスも交換し合って、それから皆と遊んでいる内に昼間や放課後の恐怖は頭から抜け落ちて行った。



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祈ちゃん500円しか持ってないけどな


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