「藤宮、購買行かないか?」

「うん!あ、ノート出さなきゃ。先に行ってて?」

「早く来いよぉ」

昼休み、まだ課題のノートを出していない事に気付いた祈は双子と別れ、一人職員室へ向かった。マリクは出す気すらないのだろうが。


職員室にノートを置いて廊下に出る。購買は遠く、中庭を通った方が早い。
土の部分を踏まなければ大丈夫だろう、と判断して中央の玄関から中庭へ出て、反対側の玄関へと向かう。やはりと言うか誰もいない。窓から廊下も見えるが、ここの廊下を利用する生徒はあまりいないようだ。

「(早く行かないと)」

購買は混むし、ナム達を待たせてしまう。
そう思って駆け出した瞬間、どんっと何かにぶつかった。

「!?」

「ってぇ…おいテメェ、どこ見てやがる!」

「ひっ、」

怒鳴られ、恐る恐る視線を上げると、鋭い眼光がこちらを突き刺し祈は情けない声を上げて身を竦めた。
白い、量の多い髪は長く、背中の辺りまである。背はナム達の方が高いがそれでも高く、身長が低めな祈は目力も相まって威圧感で口も利けず死にそうになっていた。

「おいコラ、口付いてねぇのかテメェは」

「ひ、ご、ご、ご、ごめ、ごめんなさい、」

「あぁ?」

「っ!」

「俺様は今機嫌悪ぃんだよ…はっ、丁度良いじゃねぇか。ちっとサンドバッグにでもなってもらうか?」

「ひ、ごめんなさいっ…」

胸ぐらを掴まれ、いよいよ恐怖とパニックが頂点に達した祈は目に涙を溜めて固まった。キャパオーバーである。
がたがたと震える祈に、男は残忍に唇の端を吊り上げた。機嫌が悪かったんじゃないの、と回らない頭の隅でこっそり思った祈は出来るだけ体を縮こまらせて固く目を瞑った。

「今の俺様に出会ったのが運の尽きだったな、」

頭が真っ白になる。
殴られる!と思った瞬間、目の前でバチィッと皮膚同士が思い切りぶつかり合うような凄まじい音がして、肩をビクリと揺らすと、突然乱暴に腕を後ろへと引っ張られた。そのまま何者かの腕の中に収まり、状況を理解出来ない祈は恐怖から暴れる。

「えっ、きゃ、なにやだっ、」

「落ち着きな藤宮ぁ、オレだ」

「へ…」

見上げるように後ろを振り向くと、いつものように少し悪い顔でにやりと笑うマリクがいた。
はっとして前方へ視線を戻すと、男の拳を掌で受け止めたナムがいて、肩越しに端整な顔を歪めた男が見える。

「…女子に乱暴とは感心しないな」

「ナム、マリク…チッ」

「はっ、随分ご機嫌ナナメだねぇバクラぁ」

「しりあい…?」

二人が来なかったら、と考えて涙目でかたかた震える祈の頭をあやすように撫でながら、マリクは「まあなぁ」と曖昧な返事をした。

「しっかし、今の音聞いたかぁ?間に合わなかったら鼻のひとつくらい潰れてたんじゃないかねぇ」

「!」

「マリク!」

「…冗談だ」

ナムが叱ると、マリクは肩を竦めた。祈の顔はますます恐怖に歪み、マリクはばつが悪そうに彼女の髪をすく。

「…チッ。今日は見逃してやる、とっとと失せな」

「おお、恐い恐い…ほら行くぞ」

「う、うん…」

マリクが背中を押す通りに歩き始めるが、ナムが来ない。不審に思って恐る恐る振り向くと、バクラと呼ばれた彼の横を通り抜けて、開け放たれた窓をひょいと乗り越えて校舎へと入った。あそこから飛び出して来てくれたのだろう。と、同時にバクラと目が合って睨まれたので慌てて前を向いた。

「クク、しゃいなんだったなぁ」

「うん…。ありがとう」

「そいつぁどうも、…怖かったかぁ?」

「……うん」

するとマリクは、ぽんぽんと祈の頭を叩いて、それからくしゃりと撫でた。
玄関に足を踏み入れた辺りで、祈は僅かに残った涙を乱暴に袖で拭う。

「あーゆー所に一人で行かない事だなぁ、賢くなったろぉ?」

「うん…」

「藤宮、マリク」

その時に、向こうからナムが走って来た。右手には購買のビニール袋が下がっている。

「全く、ああ言う誰もいないような所は危ないんだぞ」

「ごめんなさい…ありがとう」

「うん。気を付けろよ?それより怪我は無いか?何かされたか?」

「ううん…大丈夫」

「そうか、良かった」

ほっとしたように、ようやくナムが笑顔を見せた。
それに祈もにこりと笑みを返すと、ナムがビニール袋を掲げる。

「もうバクラには関わらない方がいい──それより、お昼食べよう。藤宮の分もあるから」

「お前のはコロッケパンな。特別に兄上しゃまの奢りだじぇ」

「おい!…まあいいけど。あと牛乳もあるよ」

「えっ、ありがとう!…でもなんで牛乳?」

この二人は祈の好き嫌いくらいはある程度知っている(コロッケパンは好物だ)のだが、数ある飲み物の中で特に好きでも嫌いでもない牛乳をあえて選んだ理由が分からず首を傾げると、マリクがにやにやと意地悪く笑う。

「お前、もうちょっとくらい背ぇ高い方が絡まれにくいんじゃねぇかぁ?」

「…うるさいーっ!」

背は関係ないでしょ背は!とふくれる祈を二人が笑い、さらにふくれてしまう。

そんな祈は気付いていない。
制服のポケットから無くなったものに。


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信じられるかよ…バクラ夢なんだぜ?これ…


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