(20120516)
ふたりの目の前には大きな、しかしどこか年季の入ったスクリーン。
「これか…」
「うわあ、なんか、…カビくさいね」
ネロは自分の左肩のさらに下方をちらりと見やった。デニム生地のキャスケット帽から覗く二本のツインテールが揺れる。限りなく音量を落とした声が小さな唇から漏れた。
「ねえネロ、本当に出るの?」
「ああ、そう言う話だけど…」
ふむ、と唸って視線をスクリーンに戻す。若干黄ばんでいるだけで、他には何の変哲もない銀幕から悪魔が出るのだと報告を受けやって来たはいいが、特に何も感じない。
ともすれば自分よりも悪魔の気配に敏感な彼女ですら首を傾げているのだから、デマもしくは勘違いの文字がネロの頭を過って行った。
「…うーん、始まっちゃった」
深い赤色の座席に背中を凭れて頭を掻く。他の映画の予告編が次々に映し出され、やがて映画会社のロゴの後に本編が始まった。
お察しの通り、ネロとルイスは『仕事』で映画館に来ている訳だが、なぜこうなったかと言えば話はその日の朝まで遡る。
*
「…はー、まただよ」
「どした、初代」
電話に出た初代が、受話器を持ったまま溜め息。
髭の問いかけに受話器を耳から離し、
「ほら、こないだあったろ、映画館でどーのこーのって。あれ結局ハズレだったのにさ、また来た」
映画館でどーのこーのと言うのは先日初代が行って来た仕事で、スクリーンから悪魔が出るから退治してくれと言う内容だったのだが、初代曰く結局何も居なかったと言うのだ。
ところでまだ電話が繋がったままだが良いのだろうか、とネロは思ったがなんとなく言い出せず放っておいた。
「んー、このテの奴は断ると後が厄介だしな、…」
困った事に依頼人の映画館館長は、他の客に怪しまれないようにと言うのと、前失敗したからと言うので、料金は自分たちで持ってくれと要求して来るのだ。
普段のダンテ達ならそんなふざけた依頼はにべもなく断る所なのだが、そうも言っていられない生活状況にあるのもまた事実だ。
自分たちだけならまだ何とか我慢のしようもあるが、幼い妹に極端な貧困を迫るのも忍びない話であるし、受けるより他なかった。
「お、」
髭がはっと閃いた表情で手をぽんと叩いた。流石と言うかリアクションが古い。
「そういやあの映画館、今日は18歳以下半額だったな」
そう言うと、視線が一気にネロとルイスに集まった。
「うん?」
「…え、」
皆を代表して二代目がネロとルイスの肩に手を乗せ、小さく笑った。
「頼んだぞ、ふたり共」
*
なぜルイスも一緒かと言えば、大したことないと判断した上での事らしいが、正直ネロは心配でしかない。
むしろこんな仕事こそ危ないのではないか、と。
勿論、ルイスの実力を疑っている訳ではない。何度も手合わせに付き合って来たし、デビルメイクライに来る前までのルイスの生活もある程度聞いている。
しかし、ルイスが対応出来る程度の悪魔とは限らないし、もしかなり強い悪魔だったりしたら、ルイスを庇いながら戦える自信が、はっきり言って無かった。
ダンテ達の元で経験を積み、己の力量を冷静に悟ったからこその不安がネロを襲う。
「…ネロ?」
「、」
左手をぺしぺしと叩かれる感触に、隣に目を向けると、心配そうな顔のルイスがこちらを見上げていた。
「どうしたの?おなか痛い?」
考えが顔に出てしまったのだろう、ネロはこっそり反省すると、微笑を浮かべてルイスの頭を撫でた。
「大丈夫だ、何でもない。ごめんな」
「そう?」
よかったー、と無邪気にぶらつかせる脚に着けられた銀のブーツが、もしかしたらこれから悪魔どもを駆逐する凶器になり得る事を意識すると、改めてとんでもない娘だとネロはこっそり肩を竦めた。
(夢SS2)