DN♀でM10


「よう、遅かったな」

ネロはその男を見て、一瞬目を丸くしたものの直ぐにそれはしかめっ面に変わった。

「…今さら、何の用だ!こっちは急いでんだよ!」

苛立ちを顕にネロは赤いコートの男、ダンテに向かって怒鳴った。クレドに刃を向けられ、アグナスにキリエが連れ去られた今、様々な事が一度に起こり過ぎてダンテの捕縛どころではないのだ。
しかしダンテは、ネロの事情など知った所ではない。

「そろそろ──」

通り過ぎようとするネロの肩を掴み、強引に自分の方を向かせた。

「鬼ごっこは止めだ」

「っ…!」

振り払おうとするが、叶わない。真剣なダンテの目に、ネロは僅かに恐怖を覚えた。

「は、なせっ…」

ああ、声が震えてみっともない。ネロは思いつつ、せめてもの威嚇にダンテを睨んだ。
しかし何の効果も無い。ダンテは右肩を掴む手に力を込め、ネロは痛みに顔を微かに歪めた。

「ぐっ!?」

ネロが本気で手を振り払おうとしたその時、ネロの身体は壁に叩きつけられた。ダンテが投げ飛ばしたのだ。
ドゴッと鈍い音と共に壁面が砕け、土埃が舞う。息が詰まり、気道が自由になると同時にネロは咳き込んだ。
叩きつけられた背中の痛みに耐えつつ、ネロは上体を起こす。
土煙の向こう、背中の剣に手を掛けたダンテが言った。

「その刀を返せ」

閻魔刀の事だ、と即座にネロは理解した。
それと同時に、絶対に渡せないと、そう強く思った。

「…嫌だ」

そう言って立ち上がると、ダンテは溜め息を吐きながら肩を竦めた。

「…今の一発は警告のつもりだったんだがな、」

おどけた口調と仕草のダンテの目には、明らかな殺意が籠っていた。

「さて…最終警告だ。そいつを大人しく返すってんなら、見逃してやるぜ?お嬢ちゃん」

ネロは純粋な恐怖を感じた。
このまま、ダンテに閻魔刀を渡してしまいたくなった。

が、かぶりを振ってその思考を振り払う。
どうしても、閻魔刀が必要なのだ。例えどんな目に遭ったとしても、閻魔刀だけは死守しなければ、キリエを救い出す事等出来はしない。
そう、本能が告げている。

「お嬢ちゃん扱いかよ…甘く見られたもんだな!」

嘯きつつ右手に閻魔刀を出現させ、ダンテに斬りかかる。
いとも容易く弾かれた一撃にネロはよろけるが、素早く跳び上がった。

ブルーローズを構えると、ダンテもエボニー&アイボリーを構え、銃の撃ち合いになる。
しかしネロの劣勢は目に見えており、転がるように着地し残りの相殺しきれなかった銃弾を避ける。

そこにダンテのスティンガーが迫り、バク転で避けるが、更に斬りかかって来た為にネロはまた床を転がる。

「どうした?避けてばっかじゃねぇか」

「うるせっ、」

ネロは舌打ちし、意識を集中させた。ダンテのスティンガーが再び迫る。

「(今だ、)」

ネロはジャンプし突きを回避すると、突き出されたままのリベリオンの刀身の上に着地した。

「──おぉ?」

予想外なネロの行動に驚くダンテ、その隙にネロはリベリオンの刀身を駆けた。

「…っらぁ!!」

そのままダンテの顔面を蹴り飛ばし、後ろへ跳び退くと同時にブルーローズを撃った。
4回引き金を引き、合計8発の弾丸がダンテに命中する。が、狙いがブレた為、腕など効果の薄い部位に当たった。
しかしどうせ直ぐに塞がってしまうので、どこに当たろうとさして変わりは無い。僅かにダンテが怯む、それが重要なのだ。

「Catch This!!」

悪魔の腕を伸ばし、ダンテを掴む。
それを思いきり床に叩きつけ、ダンテの身体で床が陥没する。
が、直ぐ様ダンテが跳ね起きたのを見て、後方に跳んだ。

「全く…右腕に頼りっぱなしか?」

「……うるせえな!」

今度はレッドクイーンに手を掛け、イクシードを燃焼させる。
そのままダンテに突っ込み刃を振り下ろす。

当然のように受け止められた刀身、しかしネロはそれ以外の攻撃を知らぬかの如く何度もレッドクイーンを振る。

「んな戦い方してるような奴に、閻魔刀は預けらんねぇな」

「…っ!」

ネロも自分で痛いくらいに分かっていた。
いくら何でも酷すぎる。
勝負の最中に冷静になれないのは、即ち敗北を意味する事など十分知っているのに。

ネロが再び剣を振り下ろした時、ダンテはそれを弾こうとしなかった。
身体の向きを変え、避けたのだ。

「えっ、あ!?」

当然、勢い余ったネロはその場に転げた。
慌てて立ち上がろうとして、しかし出来なかった。
ダンテが右腕を足で押さえ、喉元にリベリオンの切っ先を押し当てて来た為だ。

「…頭は冷えたか、お嬢ちゃん」

酷く冷たい声で言われ、ネロは唇を噛んだ。
完全なる敗北。

「(でも、)」

ネロには理由があった。
どうしても、どうなっても閻魔刀を手放す事の出来ない理由が。
脳裏に大切な姉の姿が浮かんだ。

「(あたしには、これが必要なんだ…)」

ネロは覚悟を決めた。

「…?」

急にネロの表情が変わったのを見て僅かに首を傾げた、次の出来事にダンテは狼狽せずに居られなかった。


「…おい、お嬢ちゃん?何を、」

「……あたし、あたしには、閻魔刀が要るんだ、」

震える声で言いながら、ネロは空いている左手でコートの下に着ている赤いパーカーのチャックを下げた。
思わず目を剥き足の力が緩んだダンテの下から抜け出し、その場に座り込む形になる。

「だから、…代金なら、身体で、払う。から、お願い…」

ネロが震える手で紺のコートを脱ぐ。
顕になった身体のラインに、ダンテは息を呑みそうになった。

「あたしに、何しても、いいから。だから、…閻魔刀を、貸して」

ネロの顔を見て、ダンテは我に帰った。

(…おいおい、何て顔してやがる)

今にも泣き出す寸前のような。
ダンテの良心を突き刺すには十分だった。

「…お前。自分が何しようとしてるか、分かってんのか?」

ネロは涙目で声を張り上げた。

「分かってるよ!でも、他に何にも思いつかないんだよ!力じゃ、どう頑張ったってあんたに敵わない!だから力ずくで閻魔刀を持ってくなんて出来ない、」

後半の内容は自分でも認めたくは無いが、紛れもない事実なのだ。

終に、ネロの目から、溜まりきっていた涙が零れた。

「だから、だからこうするしか無いだろ!あたしにはっ…、閻魔刀が、必要なんだよ!」

ネロの涙に、ダンテは少なからず動揺していた。
ネロには泣くイメージが無かったのだ。

「あたしなんか…どうなってもいいから、お願い、」

そう言うネロの表情には、固い決意と激しい恐怖とがない交ぜになっていた。

ダンテは、片膝をつきネロに手を伸ばした。




「…え?」

ネロの視界が黒で染まる。

ダンテのインナーの色だった。

「…まだ嫁入り前だろ、身体は粗末にするもんじゃない」

先程脱いだコートを肩に掛けられ、同時にダンテに抱き締められていたのだ。

「で、でも!あたし…」

「ただし、だ」

不意に身体を離し、ネロの唇に人差し指をそっと当てる。
柔らかく瑞々しい感触に、ダンテは内心自嘲した笑いを浮かべつつ片方の口角を上げた。

「ちゃんと代金は貰うぜ?」

「あ…、」

そのままネロの顎を捕え、彼女の下唇を親指でなぞる。
これから何をされるか理解したネロは、それだけで白い頬を赤く染めた。

「…お嬢ちゃん、名前は?」

息がかかる程顔を近付け尋ねるダンテに、ネロは耳まで赤くして俯き、ぼそりと呟いた。

「……ネロ」

「そうか、悪くない名前だ。ネロ」

耳元で名前を囁かれ、ネロの身体はびくりと跳ねる。
そのあまりに初な反応が可愛いらしく、ダンテはくつくつと喉の奥で笑った。
案の定、ネロは頬を膨らませ真っ赤な顔で睨んだ。

「わ、笑ってんなよ…」

「いや、悪い悪い。んじゃ、お嬢ちゃん…目、閉じな」

経験した事の無い甘ったるい空気に、恥ずかしさから息が詰まる思いをしながら、ネロはぎゅっと目を閉じた。
暗闇の向こう、ダンテが笑う。

「ハハッ、そんなに怯えなくても大丈夫だ」

そう頭を撫でる優しい手のひらに、ネロの肩の力は抜けた。

ネロの背中と後頭部に、逞しい腕が回る。

そして唇に触れた柔らかな感触に、体温が上がるのを感じた。

嫌じゃない、その事実がネロを混乱させる。
ただ、もう少しこのままで居たいと素直に心の片隅で思った。

「……────」

一瞬だったような、数十分だったような。
唇が離れ、ネロはゆっくり目を開けた。

「──っ、」

刹那、ダンテは一瞬ネロから目を逸らした。

「(なんて、顔するんだ!)」

ネロの上気した頬と、潤んだ瞳が、如実に恍惚を表している。
ダンテに対して、だ。

こんな、ある種無理矢理とも取れなくはない状況で。
歳が一回りも違う男となんて嫌だったろうに、と思っていたのに。

「…そいつは貸してやる。が、戦い方はもうちょいどうにかしとけよ?」

「う、わ、分かってるよ!」

むくれた顔をするネロを見て、頭をもたげ始める感情。

「(まさか、この歳になって、こんなガキに…な)」

自嘲の笑みは、確信を得て、狩人のそれに変わった。
ならば、捕まえてやろうではないか。

「(まあ、まずはこの仕事を片付けてからだな)」

そうしたら、これっきりになどさせるつもりは微塵も無い。
よくよく考えてみれば、自分は欲しいものは必ず手に入れようとするタチだ、今回もそうすれば良い。

今まで、そこらの女達に抱いて来たものとは訳が違うその想いを、ダンテは大事に仕舞った。

「…あんたは、ダンテ、だろ」

ふとネロが、唐突に言った。
ダンテが目をぱちくりとさせると、コートに袖を通しながらネロは勢い良く立ち上がった。

「…あんたの名前、嫌いじゃないぜ」

ぼそりと呟き、赤いコートを投げて返すとネロは走り去る。

その後ろ姿が見えなくなったところで、ダンテの隣に現れた人影。
金髪の美女、トリッシュは小首を傾げる。

「行かせて良かったの?」

「…まあ、な」

「あら、随分ご機嫌じゃない」

トリッシュは「良かったわ」と小さく笑う。
ダンテが首を傾げると、彼女は妖艶に微笑んだ。

「貴方にやっと本命が現れて、良かった」

失礼な奴だ、とダンテは頭を掻いた。




ネロはいくらか走ったところで一旦止まり、未だに熱の残る唇に左の指先で触れた。

いわゆる、ファーストキス、だった。

顔に血が集まり、その場にずるずると座り込む。

──あんな状況でなかったら、
そう考える自分に驚いて頭を振った。

ダンテを、もっと良く知りたい。欲を言うなら、隣に居たい。
思えば思う程収拾がつかなくなり、ネロは溜め息を吐いた。

「……ダンテ、」

彼の名を舌に乗せた時の、込み上げるような歓喜と言ったら、自分が恐ろしくなる位だ。

胸が締め付けられると言うのは正にこの事で、本やドラマの中のものでしかなかった感情が、自分の中に生まれつつあるのを感じた。

「(…今は、まだ)」

右手から閻魔刀を出現させ、握り締めた。
今はまだ、やるべき事がある。

キリエを救い出し、全て終わったら、大好きな彼女に報告しようとネロは決めた。



好きな人が出来た、と。


あとがき



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