0622
2012/06/22 19:01

彼の長い足が覚束なくふらつくのが視界の端にちらりと映った。
彼の名を呼ぶとちらりとこちらを振り返り、大丈夫よ、と息の切れた声が答えて言った。きっと笑顔で居ようと努めているだろうが、彼の長い前髪でこちらからその表情を窺う事は出来なかった。
少女はただ名前を呼んだだけだった。大丈夫か、など訊いてはいない。ゆえに、彼のその返答は彼自身の状態を如実に表すものとなってしまい、幼い彼女にも事の次第を理解するのに十分であった。

「ギャリー、」

ずるり、彼の身体がとうとう崩れる。その先に散らばった青い薔薇の花弁に、イヴは頭のてっぺんから頭皮を引っ張られたような気分になった。私青い色も好きなの、と無邪気に笑った彼女の顔がフラッシュバックして頭がくらりとかき混ぜられる。
先に行って、追い付くから。彼は言ったが、嫌だ。そんな事が出来る筈がない。

「うそつき、大人ってみんな、うそつきよ」

涙を溜めて歪んだ顔で呟いた言葉も最早彼の機能を失った耳には届かない。

「言うこときいてなんか、あげない」

早くも温度をなくし始めた彼の懐へと潜り込むと、真紅をたたえた薔薇を取り出し、その花弁をひとつちぎった。身体が裂けるように痛い。最早ひとりで耐える術を失ってしまったのだ、ギャリーに出会ったそのときから。

「ひっ、ぐ、いたい、いたいよぅ、ギャリー…」

いたい、でも一緒にいたいから。ひとりで居る絶望に比べれば、なんて軽いものだろうか。
ふとメアリーの顔が浮かんだ。彼女はきっと、空っぽになった薔薇の茎を握りしめて恍惚している事だろう、しかしもう、関係のない事だ。
イヴの手の中の薔薇もまた、空っぽになった。



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