0618
2012/06/18 22:47

「────、」

人間、許容範囲外の恐怖を感じると声すら出ないのだとルイスは思い知った(半分人間じゃないだろうと言うツッコミはこの際置いておく)。
不気味な笑い声を上げながらゆっくり、嫌味なまでにゆっくりと這い出て来る女に生理的な嫌悪が背筋を駆けた。

焦って隣を見上げる。
ネロの目はもはや何処も見つめておらず、さながら抜け殻のようであった。

「ネロ、ネロ!」

返事、どころか反応すらない。
脚がガクガクと震えた。

「…なんなの、お前っ!」

半ば悲鳴のような声で女に言い、ぶるぶると震える手でフレスベルクを取り出し構えた。
照準が上手く定まらないが、的が大きいので問題ではない。
一発、打ち出された魔力の弾丸は女の眉間を貫き、黒い体液がどろりと流れ出した。
にも拘わらず、女の様子は変わらない。ネロや、他の客にも変化はない。

「なに、これ、」

ルイスが狼狽える。その瞬間、スクリーンから巨大な腕が伸びた。気持ちが悪い程に白くて細い腕は真っ直ぐにネロへと伸びた。

「!ネロっ」

はっと気付いたルイスのブーツ、フェンリルが白く光を放った。
ネロを庇うように彼の目の前へと躍り出ると、飛び上がり女の手のひらを渾身の力で蹴り付けた。
数メートル押し戻された女の手のひらには焼け焦げた跡がある。

「大丈夫!?ネ、」

着地し、ネロの方を振り向くとルイスは目を見開いた。
ネロが、未だに何処を見ているかは分からないが、腰を抜かして怯えているのだ。

「ネロ!?」

震えるネロの肩を揺すり、スクリーンの女をキッと睨んだ。

「……ネロをいじめる奴は…許さないから!!」

怒りに満ちた表情で女へ肉薄するルイスの身体に、バチッと言う静電気のような音と共に黒い風が纏わりつく。
次はルイスへと伸ばされた手、飛び上がり回し蹴りを喰らわせたが、あまりのスピードに女の中指と薬指が飛んだ。

床に降り立った時そこに立っていたのは、漆黒の全身鎧を着込んだ小さな騎士、と形容するのが妥当であろう悪魔。

背中から伸びた漆黒の翼を広げ、どす黒いオーラを黒銀に変わったフェンリルに纏わせ、女の顔面へと突っ込んだ。







ネロが我に帰った時最初に見たものは、鼻が折れ唇が裂け額に無数の穴を空けた無惨な女の頭が小さな真っ黒の悪魔の踵落としによってかち割られ、不快な叫び声を上げた所だった。
黒い体液を垂れ流し、女が掻き消える。体液はオーブへと姿を変えた。

そこで、黒い悪魔が膝から崩れるように倒れた。
ネロが慌てて立ち上がった時、悪魔の鎧もまた掻き消えた。
そこに倒れていたのは、よく見知った少女であった。

「──ルイス!!」

駆け寄り、抱き上げると、すうすうと規則正しい寝息が聞こえた。

「…寝て、る?」

ネロは溜め息を吐いた。安堵によるものだ。
ルイスの魔人化は初めて見た。初めてデビルメイクライに来た時のはほんの一瞬ずつだったので、殆ど見ていなかったのだ。
まさか、あの悪魔をひとりで倒すとは。
労いと称賛の意を込めて、ルイスの頭を優しく撫でた。

「お前に助けられちまったな」

正直映画の途中から今までの記憶が無いのだが、何か強い恐怖を感じたのは感覚的に覚えている。

「…ありがとな」

ルイスを背中におぶり、今気が付いたらしく呆然としている客達を置いて劇場を出た。

「悪魔。倒したぜ」

こいつが、とルイスの方を向きながら館長に言うと、泣きながら礼を言われ、分厚い封筒をコートの内ポケットに突っ込まれた。

「助かったってさ、やったな」

小さな声で言うと、ネロは小さく微笑んで映画館を出た。






「初めてじゃねぇか?ルイスが自分から魔人化したの」

「まあ火事場の馬鹿力と言うのもあり得るが…進歩、かもな」

そう言いながらデビルメイクライへの裏道を歩くのは髭と二代目。
実は二人がどう仕事をするのか興味があり面白半分、もとい心配で映画館にて隠れて見ていたのだ。
本当に危なくなったら出て行く予定だったが、その必要も無かった。

「ありゃあ、人の恐怖を動力源にしてる悪魔だな」

「で、初代が行った時は客は初代ひとり。それは出て来ない筈だ」

初代もダンテだ。ホラー映画を怖がる筈もない。

「で、魔力が豊富で無抵抗のネロを取り込もうとした、と」

恐らくは映画のフィルムか何かに取り憑いた悪魔は、割と上級な方の悪魔だったらしい。
ふたりが出て来る前に念のためこっそりフィルムも破壊しておいた。

「ま、今回はルイスのお手柄だったな」

そうだな、と頷く二代目。
ふたりにバレる前に事務所に着かなければならない。イタズラな笑みを浮かべ、髭と二代目は足を早めた。



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妹が魔人化する話でした。
妹の魔人化は秒単位でしかもたない設定です。解除されると疲労で気絶します。
ネロの扱いごめんなさい。



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