呪霊の箱庭2

『実は…今回の件はあちらからの申し出なのですが、ノドにいる術師の勧誘なんです』
『勧誘、ですか?ええと、確認ですが、あちらからの申し出なんですよね?勧誘とは違うんじゃありませんか』

『ええ、夏油くんがそういうのもごもっともです。今回は事情が複雑で…申し出はノドの御当主で、勧誘の対象はその御息女なんです。彼女の術式が術式なので、一般の教育機関には通うことが出来ず今まで自宅学習だったらしく、それを憐れんだ御当主が呪術高専なら…と。呪力操作や術式についても監督して欲しいとのことで、半ば懇願に近い申し出だったそうなんですが…』

『なんです?』
『御息女が強く拒んでいるんです…実は、夏油くんでもう八人目で…』
『なるほど、それはまた手強そうですね』
『呪霊を直に扱ってることもあってノドの拠点は人里離れた場所で秘匿されてるので、最初こそ等級が上の術師の方々に行ってもらっていたのですが…。まあ、なので、いっそのこと同級生になる相手に行ってもらえと』


 補助監督とのやり取りを回想した夏油は、口を開く。

「あのバス停は、カムフラージュだったのか」
「そーね。マア、入口知ってる人なんて限られてるし。お兄さん、入口教えてもらってなかったんでしょ、アハハハ」
「秘匿だろう、そもそも」

 夏油がそう言うと、苦虫を潰した表情を浮かべた祓已が「はいこっち」と玄関に誘導し、靴を脱ぐように促した。

「先に言っとくけど、私は呪術高専には行かないから」
「…ああ、君のお父さんが高専に頼んだんだったね」
「お父さんが待ってるから一応会ってもらうけど、挨拶したら帰ってもらっていいから。高専には私が断固拒否してるって言えばいいから。それから、もうこれで最後にして欲しいって伝えてくれると嬉しいー」

 廊下を進み始めると、夏油は違和感に気付いた。
建物の作りは日本家屋だというのに、この家には襖がない。本来襖であるはずの部分は、かんぬき錠のついた扉になっていて、扉いっぱいに札が貼られている。
 夏油の視線に、祓已が気付くと、その足を止めた。

「ノドの拠点は住居っていうより、呪霊の保管場所が優先されてるから」
「…秘匿されるだけの理由があるわけだ」
「襲撃でもされたら困っちゃうよねえ。でも、そこまで心配いらないけど」
「呪霊の暴走はないのかい」
「ほぼないよ、だって私がいるから」
「それはどういう意味」
「ハイ着いた」

 襖だ。夏油がこの家屋に入って初めて見た襖が開けられると、和装の大柄な男が座っていた。彼の目の前にある机には何枚か紙が散らばっていた。

「お父さん、高専の人連れて来た」
「ああ…やあ、君が高専の学生さんだね。すまないね、こんな所まで」
「…いえ」

 拍子抜けしてしまうような朗らかな男だった。だが、この男なら娘の不幸を嘆くのも頷けた。恐らく彼は本当に、心から娘に少しでも学生らしい経験と、呪力に向き合う環境を提供してやりたいのだろう。夏油にもそれが想像できた。

「衣代、お茶を」「はーい」

 祓已がその場を後にすると、夏油は断りをいれてから机を挟んだ向かいに腰を下ろした。

「さて、単刀直入に頼もう。娘を説得して欲しい…もう、拒否はされているだろうけど」
「…任務で来た以上はできるだけ申し出を引き受けたいと思っていますが、彼女の意思はかなり堅いものだと感じます。なぜそこまで?」
「あの子の術式は聞いたかな」
「いえ、任務前に開示された情報の中にもありませんでした」
「簡単に言えば、あの子の術式は呪霊を産み落とすことができる。人の負の感情をもとにね」

 その言葉に夏油はわずかに目を見張る。術師の数だけ術式が存在するとは言えど、術師から呪霊が生まれる術式があるなんて。ノドという一族が中立に置かれる理由の一端を知った夏油は、どこまで聞いていいものなのか、と質問を頭の中で精査し始めた。

「聞きたいことは何でも聞いていい、君とはどの道長い付き合いになりそうだからね」
「はあ」
「君の術式、呪霊操術に呪霊は必須だろう」

 何故夏油の術式を知っているのか聞くのはもはや野暮だろう。
何となく、首を縦に振るまでこの場から解放する気がない男の雰囲気を感じ取った夏油は、伸ばしていた背筋からほんの少し力を抜いた。



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