らぶ、ポーション
「おいッ名前!また渡り廊下でどこぞの男と‘イチャついて’いただろう!?」
大きな音がして教室のドアが開けた。
現れた、おキレイなお顔を似合わず顰め怒鳴るシーザーを見て、名前がくしゃりと、どこか楽しそうに顔を歪める。
「やアだ〜〜!盗み見するなんて!ねェジョジョ、男の嫉妬ってほんッッッとーに見苦しいと思いませんことォ?」
俺、ほんの数日前、ジェラシーなシーザーもほんと素敵!みたいなくっさいセリフ誰かから聞かされたけどなア、誰だったっけ?じろりと名前がこちらを小さく睨む。思いませんことォ、とか言っといて、その顔は俺の意見を求めてる顔じゃあ無いね。お前の言うことなんて興味無えからな、余計なこと言うなよわかってんだろ、って顔だ。
「‥‥見苦しいっつうか〜見てて苦しいっつうか〜救いようが無いって感じかしらァ?」
「わかってるぅ〜!」
ぱちぱち両手を叩く名前はこっちに視線を寄越して、よくできましたと唇だけが言う。ニヤリとつり上がるそれを見て、俺は肩を竦め、シーザーは拳を固く握った。
「何もわかってないッ!」
もうかんかんだ。完璧お怒りお説教モード。女の子にキャーキャー言われるいつものスケコマシーザーちゃんはどこへやら。コイツ名前のこととなると途端、本当に余裕無えよなあ。
「みっともないからやめろとあれほど言っただろう!」
「私、指図されるの嫌い。つーかシーザーは良くて私は駄目なの?それって理不尽!」
「俺はそうされたくてしてるわけじゃあ、」
「へえ?」
名前は唐突に立ち上がるとガツガツとシーザーに近づき、下から掬うように睨みあげた。目に見えて狼狽えるシーザー。半端じゃ無い身長差がなんでもないかのように、彼女は圧倒してみせる。あれ、シーザー視点から見たら相当よ。お可哀想に。男の沽券も何もあったモンじゃねえ。
「〜〜〜ッ、もういい!」
シーザーはふいと顔を逸らし、そのまま教室を走り去って行った。しばらくしたあと階段を降りていく音がする。
「あーあ、いいのかよォ?シーザーちゃん帰っちまったじゃねえか。シーザーのこと待ってたんじゃなかったっけ?俺はそれに付き合わされてたんじゃあなかったっけ、オイ?」
「あーしたって結局一番目の曲がり角のトコで待っててくれンのシーザーは。だからあと15分は喋ってましょう。」
「アンタって、なんつーかえっと、性格悪いの?」
「悪かないわよ。こうなのは、ただどうしようもなくシーザーが、」
続けず彼女はふうと息を吐き、組んだ両手の上に顎を乗せる姿はひどく扇情的だ。窓の外を見つめる瞳はきっとシーザーのことを追いかけている。こうして黙ってりゃまあ、確かに、みてくれはいいの認めるけれど。だからちょいちょいっと男を引っ掛けることが出来ちゃうワケね、この女。対抗してシーザーも女の子にかまってあげちゃって、またまたそれに当てつけて名前も、シーザーもってキリが無いの。もうこっちだって慣れたもんよ。
「こんなんでどーにかなるもんかね。」
「あらら、卒業のこと言ってるの?」
そう、あと1ヶ月後に迫った卒業式。コイツら今だにこんなことしてて、それまでにどうにか落ち着くのか?
「これで卒業式の日に、プロポーズでもしてくれりゃあ完璧なんだけれど。」
さてタイムリミットかな、呟いて立ち上がった名前は俺のことなんぞ見向きもせずすたすたと出て行く。プロポーズってお前な。落ち着くっつったってそこまでは求めてねえよこっちも。誰もいなくなった教室に、流石にそりゃねえだろ、っつう俺の引きつった呟きだけが漂って、それが妙にリアルでどこか怖かった。
後日、神妙なツラして俺を呼び出したシーザー。
「卒業式の日、プロポーズしようと思ってる。」
そのあと、彼女はそうじゃないといつまでもそのまま、だとか、本当に名前のことを好きだということを目に見えるようにして示したい、とか赤い顔でうにゃうにゃ捲し立てるシーザーに、俺はただ、18本の薔薇でもあげちゃう?とそれだけ返した。シーザーは、もう指輪は買ってある、って言ってはにかんで、それを渡された名前はきっと趣味が悪いだなんだ馬鹿にしたように笑いながらも、ほんのり目に涙を滲ませちゃったりするんだろうな、目に浮かぶぜ。あーあ、人のこと散々引っ張り回して、お互い好き好き同士のくせに超面倒クセエお似合いのおふたりさんへ、ちょっと気が早いようにも思うけどまあ、精々シアワセになってくれ。
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