《 白んだそれが以下略 》 | ナノ




005

「落ち着いた、か?」

岸辺さんはじろりとこちらを見るとタオルを私の顔に押し付けてあと、
また何かをその手に持ってきた。

「なら風呂に入ってさっさと寝ろ。腹が減ってるなら何処か行くけれど。」
「お腹は空いてないので大丈夫、です。」

だけど、風呂に入ってさっさと寝ろって、ここで?この家でってことか?

「のろのろするなよ君、こっちだ。」

案内されるままふらふらついていけば、そこには家に釣り合う大きなお風呂。やはり無言で手に持っていたそれらを渡されて、何か聞く前にばたんと鼻の先でお風呂場のドアが閉められた。さっさと遠ざかる足音。え、ええー、どういうことだよこれは?
渡されたものを確認すると、バスタオルと、パジャマと、それから下着類。ど、どうして岸辺さんがブラジャーとパンティなんか持ってるんだ!?怖い。しかもサイズはぴったりっぽいぞ。パジャマもおんなものだし‥‥。例えば、同棲してる彼女がいるとか、岸辺さん、ソッチの趣味の人だとか?うーん、なんかもう、どうにでもなれって感じだ。これ以上悪いことなんぞ、そうそう起きやしないだろうよ。どうしたって私には行く当てなんか無いんだし、今のところ岸辺さんにお世話して頂く他無いのだから。

着ていたものをぽいぽい脱いで、浴槽に入る前に体を流す。シャンプーとリンスは一つずつ。勝手に使っちゃって良いのかな?まあ、触るなとは言われてないし、いいってことにしよう。
ありがたく使わせて頂き、浴槽に浸かる。足まで伸ばせる大きなお風呂。
素敵だなあ。

長湯すれば迷惑になるだろうから、早々に出てがしがし頭を拭く。本当に寸分違わずぴったりな下着を着けパジャマを着て、はて私はこの後何処へ向かうべき?岸辺さんには寝ろって言われていたはずだけど。

不意にコンコンとドアが鳴る。びくりと体を竦ませそっちを見れば、苛ついたように再度鳴った。恐る恐るこちらからも叩くと、違うという声と殴られたドア。

「馬鹿か君は!開けろ、という意味だ!」

滅茶苦茶怒ってるよ!慌ててドアを引いた。絶対怒鳴られるなあ。けれど岸辺さんは顔を合わせてからどうしてかむっつりと黙りこくっている。頬が刷毛ではいたようにしっとりと赤く。

「えっと、直ぐに気がつけなくて、すみませんでした。あ、あと、シャンプーとリンスをお借りしましたので、その、事後報告なんですけど、ありがとうございました。」

岸辺さんは、はっと目を見開く。別にそんなことでいちいち感謝されなくたっていいと口の中で苦々しく言い、それから二度三度頭を振って、くいと顎で奥の部屋を指した。

「君の部屋だ。」

岸辺さんが先に歩くのでバスタオルを引っ掛けついていく。また幾つかドアがあって足を止めれば、彼はきつく私を睨んだ。

「その部屋にだけは絶対に入るなよ。君が一生掛けても弁償しきれない、大切な資料ばかりが残ってる。」

成る程、よっぽどの物なのだろう。両手を挙げお手上げのポーズをとって見せれば、少し安心したように彼は溜め息をついた。

「‥‥僕の命より大切なものだ。」

そんなにですか。


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