《 白んだそれが以下略 》 | ナノ




001

ふと、そこには砂場と、滑り台があって、それらが目に映る。写真みたいで、現実味が無い。掴むように、少し前のめりの姿勢をとったらぐらりと揺れた。慌てて視線を下ろすと、どうやら私はブランコに乗っていて、それがキイと音をたてる。手が鉄臭い。空に響く曲、ドヴォルザークの家路。帰りなさい、もう遊びの時間は終わりだよ、また明日。この17時のチャイムを聴くと無性に寂しくなるのは何故なんだろうね。私も家に帰らなくては。3月は日が伸びたといえど、うかうかしていればすぐに暗くなってしまう。あたりが夕陽で真っ赤に染め上がるのが目に刺さる。どろりとした赤。どうして私は、泣きそうなのかな。ああ、わからないよ。私の帰る場所がわからない。私の名前は苗字名前、それは正しい。最初から変だったんだ、どうして私は見知らぬ公園に1人でブランコに乗っているのか。何もわからない、人っ子一人居やしない。何してんだ、私、何してんのかな。頭の中は靄のかかったように薄ら白い。こんなポンコツの脳は要らないよ、思い出せ、思い出せ、思い出せ!頭を捻れば捻るほど、それと蛇口が連動してるみたく涙が溢れて止まらない。ブランコから惨めに落っこちて、土に水が浸みていく。

「誰か、誰か、誰か、」


不意に地面へ影が落ちた。
ゆっくり顔を上げる。

「おい、何してるんだ。そろそろ帰るぞ。」


眉を寄せ、こちらに手を差し伸べる彼。

「‥‥泣いてるのか?」

「誰ですか、」


その人の手から、スケッチブックが落下して音をたてた。

「ほんとうに、」

ぽつり、それきり固まった彼の言葉にこくこくと頷く私の顔はさぞかし間抜けなものだろう。


ああ、こんな馬鹿げた話が本当にあるなんてね、
ねえおい、
私は、誰だ?



[prev] [back] [next]