《 白んだそれが以下略 》 | ナノ




010

「つきあう?」
「そうだ。」
「岸辺さんと?」
「そうだ。」
「………。」

カチャカチャ音を立てながら意味も無くコーヒーのスプーンを回す私のことを、岸辺さんはただただ見ていた。
岸辺さんと、私が、おつきあい…。

「お突き合い、の間違いでなく?」

シュッシュッと腕を突き出して空気を切って見せる。我ながら苦しい、というか、岸辺さんに恐らく呆れられる。

「いやらしい意味では、そうだ。」
「えっ。」

するり手から滑り落ちたスプーンがテーブルに跳ねて軽い音を立てる。わたしはそれを握り直して、またコーヒーに浸ける。

「僕と付き合っているというのが、不服か。」
「え、」
「嫌か。」
「いや、というか…。」

私は漸くスプーンを引き抜いて、くるくる渦を巻く褐色に目を落とす。顔の中心から呑み込んでいく渦の水面に映る自分は、随分と情けなく眉を下げていた。

「びっくり、ですか、ね。びっくりしてます。でも、岸辺さんのことがいやなんてことは全然無いですよ。岸辺さんがすごくいい人だってことは十分わかったし、岸辺さんてすごくカッコいいし、お金持ちだし、………だけど、それしか無いんです。」

若干微妙な顔をしていた岸辺さんと、目がカチリと合う。暫くそうしてお互い無言のまま見つめあっていて、岸辺さんが不敵に笑った。

「なんだ、そんなことか。」

岸辺さんは、なんかむちゃくちゃ嬉しそうだった。な、何かな…褒めたことか?いや、だって事実だからな。私、事実しか、知らないんだから。

「兎に角、僕といるのが不満じゃあないなら、それでいい。いいか、中身なんてこのあと幾らでも見ていけばいいだろ、知っていけばいいだろ、わかればいいだろ。それに、僕が君に、僕と、君のことを、全部教えてやる。」

岸辺さんは心底楽しそうに笑い声をあげながら、なおも捲し立てるようにして続けていく。

「まあどうせ、君には‘ここで暮らす’という選択肢しかないんだ、そうだろ?そうだよな?ここで、前と同じように一緒に過ごして、そうすれば思い出していくさ。まあなにも例え思い出さなくたって、新しいものをつくっていけばいい。上書きしていけばいい、大切なものをな。僕が守ってやる、君のことを。こうなったのは僕の責任だし、当たり前だ、ああ、君を守る、傍に居る、ずっとな。大丈夫だ、安心しろ、わかるな?」

「はあ、じゃあ…よろしくお願いします。」

岸辺さんは満足そうに頷いて、私の額にちゅっと唇を落とした。


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