《 白んだそれが以下略 》 | ナノ




009

朝起きたらぜ〜んぶ夢でした!なんてご都合展開はなかなか起こらないらしい。ぱちりと開けた視界の先に馴染みの無い天井を見て、朝から随分落ち込んだ。まあ、馴染みのある天井だって、私にはもうどこにも無いのだけれど。ごろんと仰向けから寝返りをうつ。このベッドは広くてもふもふだから、私が多少ハッスルしたところでスペースは有り余っているのだ。調子に乗ってごろごろ転がった3回目、ごっつんと何かにぶつかる。

「そうでした、岸辺さんもいらっしゃるんでした。」
「………馬鹿が寝ぼけているんだと思って許してやる。」

ひでえ。
片手で頬をつく岸辺さんは酷く不機嫌だ。よく見ると、目の下がどんより紫に曇っている。

「も、もしかして、私寝相悪かったですか?」
「………。」
「それともいびき?」

岸辺さんは白けた目をこちらに向けて盛大な溜め息。朝から幸せ逃げちゃうぞ。

「僕は起きる。君も食いっぱぐれたくなければ、そのしょうもない格好をなんとかしてから降りて来い。」

ガシガシと頭を掻きながら岸辺さんは眠たそうにベッドを降りる。その頭には変なヘアバンドが付けっ放しだ。あんな前衛的なデザインの、どこに売ってるんだろうなあ。


岸辺さんにしょうもないと言われたパジャマ姿から(別に全然しょうもなくなかったのに、一体何がお気に召さなかったのだろうか、胸が無いんだからボタン3つも開けんなってことか?)、はて何を着ようかと思えば枕元にお洋服がきちりと置いてある。その場でお礼を述べて早速身につければ、これまたぴったりのサイズで少々慄く。

階段を降りて、いい匂いに釣られるようにしていけば、マグカップを二つ持った岸辺さん。中身は昨日のよりずっと濃い焦げ茶だ。ふむ、朝はコーヒー派ですか。もうすっかり朝食の準備が整ったテーブルへ恐縮しつつ座って、手を合わせる彼と同じようにする。白い皿の上に置かれたクロワッサンを口に運んだ。うまっ、こうきゅうな味がします。夢中で咀嚼していたら、ふとこちらを見る岸辺さんと目が合う。さっきから食べずにコーヒーばかり飲んでいた岸辺さんは、なにか考え事をしているようで、私を通り越してどこか遠くを見ている感じがした。

「…僕なりに、考えたんだが、」

突然はじまった岸辺さんの話しに、私はごくんと物を飲み込んで耳を傾ける。

「君の記憶喪失は、僕が原因だと思う。」

そして私はぽかんと口を開けた。そこにクロワッサンが居座ってなくて良かった。そんなことになったときは、岸辺さんは相当に嫌な顔をするだろう。さっきのパジャマの件だとか、彼はそういうことに結構厳しいタチのようだから…じゃなくて、

「んえ、あ、の、それってつまり、」

つまり、とかなんとか言っちゃったけど、いや、私に何かわかるわけではない。本当に焦って、戸惑って、だって岸辺さんがあまりにも、あまりにも堂々と言ってのけるものだから。一体岸辺さんは、私に何を、なんて。

頭がピーポーピーポーしてたら向かいで岸辺さんが盛大に吹き出した。なに笑ってんだゴルァ。岸辺さんはくつくつ肩を揺らして、いや、悪い、と口に手を当てるもなお止まらない。混乱する私の目が、漫画みたいにぐるっぐるしててそれが見事彼のツボに入ったらしい。そりゃ良かったですよ。彼は、拗ねるなよ、子供じゃないんだから、と言って私の皿に自分のクロワッサンをひとつ乗せてくれたので、まあ、許して進ぜましょう。

岸辺さんは、スタンド使い、らしい。スタンド使いとは、なんだか難しいことをいっぱい教えられたけれど、平たく言えば超能力者ってことでいいだろう。色々な力があるらしくて、岸辺さんの力は、絵を上手に描く力、で、他にも空間を削ったり音を染み込ませたり髪の毛を動かせたりするらしい。すげえな。そして、記憶を操れるスタンド使いが居て、その人が、私に何かしたんじゃないか、と岸辺さんは言う。曰く、彼はその性格ゆえ反感を買われやすく、自分に恨みを持った人が、腹いせに私をこうしたんじゃあないか、まったく迷惑な話だよ、以上岸辺露伴の大胆かつスリリングな考察でした。

「な、なんで私に、」
「そりゃあ、君が弱そうだからだろ。」
「えへえ、私が弱そうだから、ですか?岸辺さんと、何の関係も無いのに、それじゃあただの八つ当たり…。」
「彼女、」
「は?」
「僕の、彼女。」
「誰が?」
「君だ。」
「…ん?」
「君はこの岸辺露伴と、所謂お付き合いというやつをしていたのさ。」

コーヒーに砂糖がみっつ、順々でぼちゃんと落ちる音が耳についた。そういうところは変わらないんだな、私の彼氏が苦笑した。


[prev] [back] [next]