《 へんてこりんな 》 | ナノ
第伍夜

私は今寝てるってのに、謎の浮遊感。浮いてる。
は、浮いてる?そんなまさかね。どこかから落ちる夢は身長が伸びたってサインなんだっけ、眉唾モノだけど。とにかくふわふわふわふわ、もうちょっと寝かしておいて欲しい、まだ起きる時間じゃ無いでしょう?‥‥ああくそ、駄目だ、完全に起きちゃった。やっぱり今日は、いや昨日か?寝過ぎだな。
一日のうちの睡眠時間て自分の中で割としっかり確立してる。保健室で1時間寝て、夕方3時間半寝て、それで寝たのが20時頃だから、いや待てよ、浮遊感?

「‥‥?、!?!!」

嫌々ながらも目を開けたらそこには、知らない男の人がいらっしゃいました。
そして、その人にお姫様抱っこされてる、みたい。
‥‥は?
夢かな?

「あー、起きちまったか?めんどくせーなあ。」

夢じゃないんだって。


一気に覚醒した脳が警鐘を鳴らす。
どう考えても普通じゃ、ない!

「あー、っと、」
「!?」

思いっきり叫ぼうとしたのにあれ、もごもごという音。ちょっと待て、口に、腕を、突っ込まれてる。口に、腕を、突っ込まれてる?!!う、嘘だ嘘だ、口内の圧迫感何これ凄い。支えられていた私の下半身は、静かにベッドに落ちた。

「めんどくせーことになったなァ‥‥。気づかれたらめんどくせーから、お前ェが落ち着くまでこのままな。」

冗談じゃないです。
勝手に部屋に侵入されて、すやすや寝てるとこにお姫様抱っこされて、起こされて、挙げ句の果てに口に腕ごと突っ込まれて。
正気の沙汰じゃない。

霞む視界に映るその人は、じっと私を見つめていた。

こ、怖い。でら怖い。
何考えてるのかさっぱりわからん。
今まで会ってきたどの人よりも、初対面で押し倒してきたカカシ先生よりもお隣さんの明らかに格好がシャブでない飛段さんと角都さんよりも、

「ンぐっ!?」
「へえ、別のこと考える余裕あンのかよ。」

危険、危険危険危険!
もうキャパオーバーだ、頭の中のサイレンはさらに激しくけたたましく、ビービー鳴りまくっている。
息が出来ず思わず噎せる。気持ち悪い、吐きそう。緊張のせいか、胃液がせり上がって口の中は苦い。涎が垂れて首筋をつたった。

「顎、疲れただろ。絶対に喋らない、逃げない、何もしないってんなら、抜いてやる。」

頷くと、途端腕が2本とも引き抜かれた。当然、私はベッドへと落下。

「がっ、」
「暴れんなよ、頼むから。」

大の字に落ちたベッド上、2人分の負荷の乗ったスプリングがギイと不愉快な音をたてる。首にかけられた手の力が少し強くなり、うまく呼吸が出来ない。苦しい。

「た、たすけてくださ、」

ついに涙が出てしまった。だってもう、ほんとうに怖い。なにがどうして、こんなこと。

「‥‥悪い、泣かせるつもりは、」

嘘だ、泣かせる気ばりばりじゃないですか。こんなことされたら誰でも泣くわ。文句は次々と浮かぶのに、対して口からは頼りない吐息だけが漏れる。

「あー、おい、その、手外すけど、何かしようとか思うなよ。」

また首を力無く縦に振る。今度は恐る恐るといった様子で腕が引いた。その場で転がって距離を取る。震える手で目をこすり、そのまま顔の上に置いた。ちょっと気持ちの収拾がつかないから、何も考えられないから、もう少しこのまま。

不意に頭が撫ぜられた。体を硬直させると、戸惑うように、それでもゆっくり繰り返す。やめろ、ツンデレか。こんなことで許すとでも思ったら大間違いだぞ、トラウマどころの話じゃ無いからな。高校生なのに正直ちびるかと思った。とんでもないわ。でも、さっきまでとは違う、悪意の感じないそれに安心したのも、認めたくないけど事実。



「あなた、なんなんですか。」

ぴたりと手は止まった。ぐ、力が込められる。

「名前は、シカマル。」

しかまる、

「吸血鬼やってる。」


アンビリバボー。


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