《 へんてこりんな 》 | ナノ
第拾参夜

『本島に上陸した台風△号は、猛烈な勢いで〜』

ニュースのおねえさんが真剣な顔でそう告げる後ろでは、どす黒い色になってしっちゃかめっちゃかに物が流されている川や根こそぎ抜かれた木が映る。昨日の夜ドンドンバキバキうるさかったのはこれか。ピロリンと届いたメールには、可能であれば登校または自宅待機とのこと。流石に歩いて行く気にはならなかったので、母親の仕事ついでに車で学校へ向かう。ふはは、社長出勤。

着いた教室はがらんとしていた。暇そうにスマホをいじっていたいのと単語帳をめくっていたサクラが気づいて、顔を上げる。

「なに、アンタ来たの。」
「ちゃらんぽらんなようで根は真面目なんだか。」

ひどい言われようだ。家にいてもすることがないからサと返せば、勉強しろやとのお言葉。へいへいさーせん。それから荒れ狂う天気の中、いのとコンビニに遠征へ。山ほど買ったお菓子を、集めた机の上に置き、隣のクラスのテンテンとヒナタにも招集をかけ女子会になった。話題は、もっぱらそれぞれの色恋沙汰のこと。サスケくんがサスケくんがという喧しい声のなかで、控えめにナルトくんも、と言うヒナタの慎ましさはとても愛らしい。和む。

私がヒナタへと生あたたかい目線を送っていれば、対して白けた顔でげっ歯類かのようにぽりぽり
ポッ◯ーを消費していたテンテンが、もうサスケの話は聞き飽きたとばかりに私を見やる。

「名前は?」
「ンあ?」
「アンタはなんかないの、そーゆーの。」

そーゆーの、言われちらりと頭をよぎるシカマルさんに、私ははてと首を傾げた。何故ここであなたがでてくる。

「あ〜、居ないっスね。」
「つまんない女ね。」
「カカシ先生は?」
「何言ってんだお前。」
「あれだけ好意寄せられてて、その態度なの。」
「あれは好意じゃないよ〜、いたいけな女子高生をオッさんがからかって遊んでるだけ。」

おっと、なんですか、その胡散臭そうな目は。
ヒナタが名前ちゃんは大人だね、なんて微笑むからその口に自腹で買った期間限定のチョコを突っ込む。美味しいけど高いから、これはヒナタにしかあーげない。

「あっ、じゃああれは!?隣に住んでるおにいさんたち。名前、めちゃくちゃ可愛がられてたじゃん。」

言わずもがな、飛段さん角都さんコンビのことだろう。あの2人はあそこでデキてんじゃねーのかって前に本人たちに言ったら、飛段さんは奇声を上げながら白目を剥いて角都さんは胃を押さえた。これは私が悪かった。

「あのマスクの人なんかはなかなかいいんじゃないって思ったんだけど。」
「角都さんね…。」

そこでごにょごにょ、角都さんの実年齢を耳打ちすれば、ぴしりとサクラが固まる。

「びっくりだろ。」
「…それって、もう詐欺じゃない?」
「バケモンだよね。最初聞いたときは私も絶句した、不老不死かよって。」

だからあの2人は、どちらかというと家族とか、兄弟みたいな感じなんだろうな。一人っ子の私には少々羨ましい。

「アンタの周りって変わり者しか居ないのね〜。」
「まあ、いい人見つかったら話しなさいよ。」
「見つかったら、ね。」

へらりと笑うと、テンテンが、名前はそのままでいいじゃんとか言うので、珍しいデレだなとわしゃわしゃ頭を撫ぜたら手をぶっ叩かれた。アンタまでノロケはじめたらこっちはたまらないからよ!と叫ぶ彼女。そうだね、独り身同盟組もうか。
結局3時間目には強制自宅返還となり、まあこうやって皆と楽しくお喋りできるなら台風もいいかな、なんて思った。



午後8時。いつもだったらそろそろ窓から怠そうにシカマルさんが現れる頃だけど、外は激しい風に雨。今日は流石に来ないだろうな、握っていたシャーペンをころんと転がし、机に頬をぺたりとつけた。やる気が起きない。小さく溜め息を零したその直後、からり窓の開く音。

「!?」
「あー、濡れた濡れた。」

ばっと顔を上げたら、そこに居るのは勿論シカマルさんなのだが、後ろでひとつにくくられた髪の毛はしんなり、というよりべっしょり。ぽたぽたと雫を垂らす彼に、慌てて家中で一番大きなタオルを投げつけてから、お隣さん家でTシャツとズボンを借りてくる。パンツもいるかと下品に笑った飛段さんを角都さんが殴って、返すのはいつでもいいとのことでした。ジェントルマン。私の思惑どおり飛段さんのお洋服はシカマルさんにぴったりで、ジャシン教、とやらのマークがプリントされたそれを、シカマルさんは嫌そうに引っ張った。

「今日は、来ないかなって思いました。」
「まあ、そのつもりだったんだけどよ。どうせお前は勉強して無えだろうと思って。」
「なんと失敬な、やってましたからね。」
「嘘つけ、俺が来たとき寝てただろ。」
「寝てませんよ!あれはちょーっとやる気が出なくて、でもシカマルさんが来てからはちゃんとやろうと、」

そこまで言って口が止まる。あー、うん。ニヤリと笑うシカマルさんに居心地が悪くて身じろぎした。

「へえ、俺のこと待ってたのか。」
「えーと、だってシカマルさんが今まで来なかったこととか無いですもんですから。」
「落ち着いて喋れよ。」

くつくつと楽しそうなシカマルさんへ、恨みがましい視線を送ると、悪かった悪かったとまた笑う。

「そっちだって、台風の中わざわざ来るまで私のこと好きなんじゃないですか!」

ぴたりとシカマルさんが止まって、その目は少しだけ見開かれた。あれ、私今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったな?自分の言葉を頭で何度か反芻して、思わずじわじわと顔に熱が集まる。

「私の、血、が、ですよ。」

焦ってつけ足したそれに、シカマルさんは苦笑した。

「まあ、俺の唯一の食いモンだからなア。」

その返答に私はすごくホッとして、けれどなんだか、胸がずくんと痛む。私は彼の中で食料どまりで、それ以上でも以下でもない。別にそれでいいじゃないか、だってそういう約束だもの。けれど、勉強を教えてもらうことが私への対価だったのに、彼に血を提供する私の目的だったのに、それが最近、シカマルさんに会えること、に、なっているということに、自分で気づかざるを得なかった。
シカマルさんは、私に会いたくて来るわけじゃ、無いのに。

「おい、どうかしたか?」

ちょっと心配そうに見えるシカマルさんの顔も、きっと私の思いこみ。なんでもないです、と笑って返す。目が合わせにくくて、私はその頭にかかったタオルに手を伸ばした。どうせ乱雑にしただけなのであろうその髪を両手で丁寧に拭く。うわっと声を上げ暫く抵抗していたシカマルさんは、結局中腰になってされるがままだ。

「私は、勉強教えてもらえない日ができても、自分でやりますから、だから、無理に来てくれなくても大丈夫です、よ。ああ、シカマルさんがご飯抜くのつらいってんなら、別に、いいんですけど…。」

「ああ、そうだな、つれえよ。」

「そ、ですか。」

「お前に、…なんだ、会えないとなるとな、退屈でつれえ。」

タオルの隙間からちらりと覗いたシカマルさんの目が、いつもよりずっと優しくて、思わず固まった私は、彼を見つめ返すことしか出来ない。

「…台風、はやくどっかいかないかな。」

震える唇からようやく絞り出したその言葉に、シカマルさんは、ああ、と頷いて小さく笑った。


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