《 へんてこりんな 》 | ナノ
第拾弍夜

「あっつーーーい!!!」

スカッと晴れた5月も終わり近く、さんさんと降り注ぐ太陽を睨んで右隣りのいのが叫ぶ。それはもう悲鳴に近い。確かに、梅雨を飛ばして夏がきちゃったかのようだ。今これだけ暑かったら8月とかどーなんの、40度とかいっちゃうんじゃないのとアイスを齧りつつ呟けば、それじゃあ皆死んじまうわよ、と物騒につっこんだのは左隣りのサクラ。胸元をつまみぱたぱたと扇ぐ彼女を見て、いのが見事なぺったんこと呟いたので思わず吹き出しそうになるのを慌てて飲み込む。

「名前も暑いならさ、その髪型どうにかして。鬱陶しいわよ。」

恐らく微妙なことになっているであろう私の顔を見て、サクラはどうかしたのという表情。それにへらりと笑って誤魔化す。

「そーそー!あといつまで冬服着てる気?好い加減あんただけじゃない、その暑っ苦しいブレザーも。」
「あー、そうね。」

私の気の無い返答に2人はじとりとこちらを見た。

「名前さあ、暑がりの寒がりじゃない?去年だって夏服着用オーケーになった瞬間速攻替えてた気がするんだけど。」
「確かにそうね。なーんか最近テストの点も随分良いし、アンタ変よ。」
「それは関係無いんじゃないですかサクラさん…。」

ううん、会話の風向きが怪しいぞ。それにどうやらこの女、この間の数学で点数を抜かれたことをまだ根にもっているらしい。

「そういえば今日ね、」
「話変える気?」
「サスケくんが寝ぼけて、」
「「ささささサスケくん!?」」
「プリンの黄色いとこが無いって言ってた。」
「‥‥。」

2人は無言で唇を噛み締めている。こいつらを一瞬で黙らせるサスケくん怖い。
顔を赤らめもじもじする姿は、中身がどうあれ乙女だ。恋は人を変える、ってちょっと寒いなあ。
愛しの彼を想い悶える2人を横目に、私はシカマルさんになんて言おうかとぼんやり考えていた。




「ストップ、」
「あ?」

あんぐり口を開けたまま、シカマルさんがぴたりと止まる。覗く犬歯が怖い。あ、これは牙なのか?

「お願いがあるんです。」
「お前、このタイミングでかよ‥‥。」

据え膳食わすはなんとやら、恨みがましく私を見るシカマルさんから、ふいと視線を逸らした。

「最近暑くなってきたじゃないですか。」
「そうだな。」
「首から吸うの、やめて貰えませんか。」
「なんで。」

そこでなんでとか聞くのかよ。察しろや。

「だからそのー、あ、あと、とか。」
「へえ?」

ニヤリと笑うシカマルさん。絶対わかってたなこの野郎。わかってて言わせた。セクハラジジイめ。

「今はなんとか髪と襟で隠せてますけど、それもそろそろ限界かなって。もっとわかりずらい場所にお願いしたいんです。」
「わかりずらい場所、なァ‥‥。」

上から下までじろりと眺めていたシカマルさんが、私の腕をとった。

「え、」

そのまま手首へ歯をたてる。ダイレクトに伝わる、噛まれたという感覚。

「い、いたい、!」

今までは首元だった為、実際自分の目で直接吸血される瞬間は見たことが無かったけれど、なんだかいきなり捕食って感じだ。床に片膝をつき、椅子に座る私へ跪くような姿勢のその人の口内へ流れ込む自分の血が、急に恐ろしい。そろそろ目の前がスパークしてきた頃合いで、シカマルさんが牙を抜く。ずぐぐって感じ。最後にべろりと傷を舐められた。やけにザラザラした舌だな、と、白濁した意識のなかでそう思った。

「やっぱ雰囲気出ねえ。」
「雰囲気、とか、」
「ん?それっぽい、だろ。まあでも、しょうがねえか。」

私の手首を持ったまま力の抜けたそれをぷらぷら振るシカマルさんから、引っ手繰るようにして救出。目に見えて青白くなったそこにはやはりぽつぽつと。

「これ、どーすんですか。」

目立たないとこって考えてこれかい。シカマルさん頭良いくせにヌケてんのか?ここに絆創膏貼るのはやばいよ‥‥イルカ先生に泣かれるよ‥‥。

「ほらよ。」
「ん?」

自分の手首を眺め途方に暮れていた私に、投げられたその箱。わたわたとキャッチして、見ると縦に長いそれの大きさは中くらい。首を捻ってぱかりと開いたそこには、

「わ、」

シンプルで趣味の良い、薄型の盤にバンド。色を赤にするあたりがらしいところだ。学生のご身分の自分が付けるには少々大人っぽいというか、背伸びし過ぎな気もするけれど。

「これで隠せってこと、ですか。」
「まあ、腕時計なら変にも思われねえだろ。」

早速取り出したそれを腕に当てる。軽いけれど、今まで何もしてこなかったからか確かに存在感はあって、光に当てると金のフレームがきらきら光った。

「貸せ、」

シカマルさんはまた私の腕をとると、腕時計を付けてよし、と呟いた。幅広のベルトがしっかり牙跡を隠している、確かにこれなら不自然じゃない。

「防水だから。うっかり外したりすんなよ。」

はしゃぐ私を見て、やれやれと呆れたようにシカマルさんは釘を刺す。

「わーってますよ。だけどこれ、貰っちゃっていいんですか?」
「この前、結局俺の趣味なんぞしょうもねえモンだけだっただろ。」
「そういうことなら遠慮無く。」

うん、すっごい嬉しい。こんなこと言うとどうにもあれだけど、見るたびにシカマルさんを、思い出しちゃいそう、とか。

「ま、ただの口実だけどな。」

逆上せきっていた私へシカマルさんのその声は、だから届くことはなかった。




(彼が腕時計を贈る意味とは)


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