《 へんてこりんな 》 | ナノ
第拾夜

「おい、‥‥おい!」
「うア!?」

目の前にシカマルさんの顔が超ズームアップ。ぼやけた焦点を合わせるよう瞬きすると、シカマルさんは溜め息を吐いた。

「驚かせんな、吸いすぎたかと思った。」
「や、まあ、ちょっとだけで満足できるのならいつもそうしてくださいよ。」

言ってちらりと彼の方を仰ぎ見れば、それを阻止するかのように大きな手が降ってくる。シカマルさんが私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。その手の力はいつもより少し強くて、どうやら私の発言がお気に召さなかったらしい。言うならばダイエットを母親に指摘された女子、みたいな。

「で?」
「は?」
「は、じゃねえよ。何ぼーっとしてたのか聞いてんだ。」
「ああ、もう2ヶ月ですか、と。」
「なにが。」
「シカマルさんと、取り引きしてから。」
「へえ。」

案外そういうの、覚えてるタチなのな、と、
彼は物珍しそうに笑う。

「後悔してるか。」
「そうですね、して無いと言えば嘘になるやも、」
「お前、こないだの定期試験で焼き肉食べ放題にありつけたのは誰のお陰だと、」
「いや〜ハハ、もうね、すごく良い取り引きしたなあと心から思ってますよ!シカマルさんが居てくれてほんと、良かったっス!」
「調子いいなお前。」
「嬉しいくせに。」
「あ?」
「何でもねーですよ。」

つーか、そういう希望ですよ。シカマルさんが居てくれて良かったって言ってさ、それを受け入れてくれますか。さあ、どうだかね。わからない。結局私はシカマルさんのこと、何もわかっちゃいないし、何も知らない。シカマルさんは取り引きした翌日から毎日毎日、そりゃもう律儀に通ってはお勉強教えて血を頂戴してくくせに、本当にそれだけで。私が夕飯を食べ終わった後見計らったように訪れて、私がお風呂へ入って寝る前に帰っていく。お話もしなくはないけれど、例えば私の健康状態だとか授業のわからなかったとこだとか。男女2人きりだってなのに色気とはなにそれ名前わかんない…。結局私が知っているのは、精々お名前表記がひらがなじゃなくてカタカナなんだよ、それだけ。ちょっともう流石にひどいでしょ。そんな情報持ってて何に使うんだよ。だけどなんとなく、なんとなくもっとシカマルさんのこと知りたいな、なんて小っ恥ずかしい気がして言えなくて、平行線を辿ったまま、なにも進展のないまま、きっと彼は今日ももうすぐ帰ってしまう。何処に帰るのかだって、知らないのだ、私は。

「じゃあな、」
「あ、はい。」

がらがらと窓を開ける。窓から出入りされるのも、最初は抵抗があったもののもう慣れた。シカマルさんは怠そうに窓枠に腰掛けたまま、足をぶらぶらさせている。

「帰らないんですか。」
「俺が居たら邪魔か。」
「いや、別にそんなことも、無くもなくなくないですけどね?」
「どっちだよ。」

お互い緩く上がった口角、シカマルさんはちょっと視線を動かして、握ったその手をこちらにぐっと突き出した。

「手、出せ。」

よくわからないまま言われたとおり手の平を差し出すと、ぽとりと落とされたそれ。

「ん?」
「わかんねーんだよ、人間が欲しいもの、しかも女だろ?まあ、だからなんだ、‥‥次までに欲しいもん考えとけ。」
「へ、」
「頑張ったからな、この前のテスト。」

ぶっきらぼうに笑うシカマルさんは、今度こそひらりと視界から消える。私はその場に、どすんと腰を落とした。

畜生。ずるいな、あの男は本当に。嬉しくて、心拍数がぎゅんと上がる。ちょろすぎるだろう私。知らないうちに握っていたそれが少し熱を帯びている、慌てて手を開いた。折角貰ったのに溶けちゃうなんて勿体無い。勿体無いって、たかが飴玉一粒なのに。こんなもんで喜ぶとでも思ったのか、超喜んじゃったけどさ。でも、‥‥この有名な銘柄のべたべたに甘いイチゴキャンディ、本当は苦手なんだ。


後悔してるか、と、シカマルさんは聞いた。
して無いと言えば嘘になる、と、私は言った。

だってまさか、
シカマルさんのことをもっと知りたいだとか、シカマルさんが帰ってしまう時少し淋しくて、明日のいつもの時間を楽しみに思うことだとか、シカマルさんが私を気にしてくれるのがすごく嬉しいだとか、何なんだろうなこの感じ、なんて呼ぶのかな。


次までに、欲しいもの。

シカマルさんのことがもっと知りたいですって言ったら。きっとまた上手くはぐらかされるんだろうけど、趣味ぐらいは、教えてくれるだろうか。

シカマルさんがこの可愛らしいイチゴキャンディを持って自分のことで悩んでくれたのだと思うと、それは自惚れかもしれないけれどまあ、頬が勝手ににやけるのは止められなかった。


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