「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどさ、こんな寒い夜に好きな女の子をわざわざ外に呼び出すなんて、うん、飛段は真性の馬鹿だ。」

不意打ちな、呆れた声に振り返る。
今の今までずっと待ち続けて、そろそろ待ちくたびれそうだったけれど、その姿を見たらそんなのどうでも良くなってしまった。
冷たい空気に赤くなった鼻が可愛いくて。
ちょろいなあ、俺。

「やっと来たのかよ。」

そう声を掛けると、名前は訝しそうに言う。

「やっと、って‥‥飛段、いつからいるの?」

「んー‥‥今何時だ?」

「21時45分。」

「20時頃から居るから、」

「この馬鹿寒い中で!?絶対死んじゃうやつだよって、それ。」

「俺は死なねえからな!」

「うーん、やっぱり頭のネジが何本かぶっとんでるんだ、お可哀想に。」

南無南無、俺に向けて合掌する名前の頭を加減を考えて叩く。

「寒い。部屋戻りたい。」

「ほら、隣座れって。」

「あの、わたしの話きいてる?」

「聞いてねェ。」

「くそが、落ちろ馬鹿野郎。」


ぶつくさ文句を一通り零していたその小さな口は、渋々屋根へと腰を下ろした途端ひくりと歪んだ。

「つ、めたッ!?」

変な声を漏らしながらがくがくと大げさに震える名前。それでも結局帰ろうとはしないところがいじらしい。約束は守る。普通に良い奴だよなァ、こいつ。好きだ。ふと俺は考えて、自分の服の裾をくいと引っ張る。


「これ、どうだ?」

「ん?お、おおお、あったかい!」


服の中にすっぽりと収まると、名前の目は徐々に輝きを増していく。それを見て、ぎゅうと喉の奥らへんが何か苦しいのを感じた。

「その頭にもちゃんと脳味噌は入ってたんだね。」

「あ?」

「う、すっげえ飛段の匂いがする。」

「うってなんだよ。」

「匂いがうつる‥‥」

「オメェ本当に失礼だな、外出すぞ。」

「えっそれは駄目!」

悲痛な顔をすると抵抗のつもりか頭まで布をかぶってしまった。俺のぶんが無くなっちまうだろうが。


暫くもぞもぞしていた名前も落ち着く場所を見つけたのか、ぴたりと俺に寄り添いながら頭をぴょこんと外に出した。多分ただぬくいからくっついているんだろうけど、そんな小さいことにも頬が緩んで仕方ないから、好い加減俺の名前好きも末期だなァ。



「あったけーな、名前。」

「おー、あったかいね、飛段。」

「手ェ繋ごうぜ。」

「‥‥良いよ。」

「なんで間があったんだ、オイ。」

「手汗とかかいてないよね?」


名前は俺の手をがっしり掴むと、ズボンでごしごし擦った。

「信じらんねェ。」

「これで良し。」


途端、ひやりと冷たくなった指先が絡む。

「飛段の手あったか‥‥」

左手に添えられた名前の両手を、右手で包むようにすると、ちらりとこっちを仰ぎ見て笑った。




暗闇の中、上は降ってきそうな満面の星、名前との間は隙間無くくっついてくるまって、2人の吐息だけが空に響いて、まるでこの世界には俺と名前しか存在しないような、そんなふう。




「‥‥飛段?」

何も言わず抱きしめたら、名前は怪訝そうな声をあげた。

「ちょっと、そんな力いれたら痛いって。」


おずおずと、俺の背中にも手がまわる。



ぎゅうとさっき感じた痛みがまた奔った。
苦しいような、でも癖になるような、そんな感覚。


わかった、これは痛いほどの愛しさなんだ。




「俺さァ、名前のこと死ぬほど好きだぜ。」

俺は馬鹿だから、日本語を上手く使えなくてそんなちんけな言葉しか出てこないのがもどかしい。

「不死身なのに?」

ふふ、名前が笑う。

その顔を見てるとやっぱり体のそこここがこしょばゆくって、ああ、こんなことで泣きそうになっちまうなんて俺、



「どうして名前は死ぬんだ?」

「え、別に病気でも何でもないんだから死なないよ。不吉なこと言うな。」


名前はまた笑うけれど、俺は笑えなかった。

いつか名前は必ず死んでしまう。
俺だけをひとりここにおいて、名前は遠くに行ってしまう、

この空の向こう側、俺の届かない場所。


誰だって最後は死ぬ。
そこに俺が含まれないことに、死ねないことをまさか引きずってたなんてよ、

「飛段、大丈夫だよ。」



少し力を緩めて名前と顔を合わせると、こつんと互いの額が合う。

「大丈夫、飛段がこっちに居る間は傍にいるよ。そうじゃなくても隣にいるよ、ずっとね。」

真っ赤な顔で白い息を絶え間無く吐き出し、そう言った。


「名前、涙目になってンぜ。」

「‥‥寒いとさ、空気が目に沁みるっていうか、ね。」

「そっか。」



もう一度名前を力いっぱい抱きしめて、
それならそれでいいかもしれないと思った。




2015/03/18
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