人生初めての告白、それへの返答は、
君の妹となら付き合いたい、というものだった。

名前さん、俺の好きな人。じょーすけくん、と呼ぶそのがらっがらのダミ声。ただ上へ上へと伸びたひょろひょろの身体のうえに、いつもへらりと笑う顔をくっつけて嫌みったらしく唇の端をひん曲げた、俺の好きな人。学校は1年ダブってる、最近校内で喫煙して停学。援交で、遊ぶ金を稼いでいるとかいないとか。そんなイイトコなんてひとつもないような人だ、なのに俺は名前さんから嵌って身動きが取れなくなっている。そんな名前さんは、俺のことなんかじゃあ無くて、女が、好き。

君の妹だったらと言われ、どうやら前々から徐倫に目をつけて居たらしい名前さんは、俺へ声を掛ける機会を伺っていたという。そこに、俺からの告白。彼女は、お前かよ〜〜〜と間延びした声でひどく残念そうに、楽しそうに笑い、ね、徐倫ちゃんの連絡先教えて、ああ、お前のは要らないよ、と、言ったのだった。俺より三つも年上の名前さんはいたいけな男子高校生の心をこれでもかというほど踏みにじり、以来俺だって彼女を恨んでも良さそうなものなのに。なのにこうして、名前さんの住むボロいアパートの部屋の前に立っているのは何故だ。両手にスーパーの袋をぶさらげて。うっすいドア一枚隔てた先では、俺の知らない女の喘ぎ声が漏れている。それから、名前さんのすっごく楽しそうな声も。畜生、俺の前ではそんな声出したことない。ずるずるとその場にしゃがみ込む。最中と鉢合わせしたのは、一度や二度では無い。なんだか無性に腹が立って部屋に突入したこともあったけれど、女にはぎゃんぎゃん泣かれるし名前さんにはぶっ叩かれるし、もう散々だった。だから俺はおとなしく、ここで待つ。あーあ、はやく終わってくれねえかなあ。はやく会いたい。顔が見たい。臭いが欲しい。アンタの存在を近くで感じたい。名前さん、名前さん、名前さん。俺の意に反して、結局行為はそのあと三回戦にも及んだ。発情期か。出て来た女に見つからないよう身を隠して、それからようやっと部屋へ。名前さんが、このちっぽけな家でそればっかり大きなベッドの上に大の字になって煙草を吹かしているせいで、もうもうと白い煙が部屋中に立ち込めていた。

「おーっすじょーすけくん。来てくれたんだ。」

文句の一つも言ってやろうと思ってたのに、来てくれたんだ、なんて。

「アンタが言うなら、幾らでも。」
「あ、そ?じゃ、次の月曜さ、本屋寄って来いよ。新刊出るの。毎日退屈で退屈で。」
「ガッコ来ればいいじゃないっスか。」
「やーだよ。家にいたほうが楽しい。」
「うちでセックスしてたほうが?」
「あっコラ、最低だな、じょーすけくん。女の子にそんなこと言わせないでよ、きゃ〜あ。」
「アンタのキャラじゃないっスねえ。」

名前さんがニヤリと笑って高く煙を吐いた。俺はまだ煙草を吸ったことは無いけれど、こうして名前さんの吐いた煙をガンガン吸いこんでいるから、きっと呼吸器官は大変なことになっているはず。俺の頭がパッパラパーなのも多分その所為かな、いや、絶対そう。だってそうなったのって、名前さんに会ってからだし。主流煙より副流煙の方が害が大きいって言うでしょ、もう俺の身体はアンタのせいで侵されちまってるんだから、きちんと責任とって結婚してください。ああ、俺が言ったって名前さんは、それすら君の幸せでしょうと。そうだよ、アンタの関わった何かが俺に含まれることが嬉しい。俺をぱっかんしたら出てくるスス汚れた真っ黒い肺だって、アンタと一緒に居られた証拠。

ベッドに横たわる名前さんに近付くまでに、両手のスーパーの袋を順々にその場で落としていく。端からりんごが転げ出た。りんごうさちゃんにして、そんな時ばかりオンナノコが見え隠れするアンタにほとほと心臓が抉られる。性行為の後の、独特な匂いに頭がぼんやりしていくのを感じながら、彼女のそばに跪く。投げ出された彼女の手を掬う。がりがりに細くて、女性の割りに骨ばったそれの、4番目の指をなぞった。
俺が名前さんと結ばれることは無い。ずっとこの人と一緒に居たい。結婚したい、結婚なんて出来るわけない。
いつか、ふと気付いたら名前さんは俺の目の前からふらりと跡形も無く消えていて、俺はその影に縋り付きながら他の女と家庭を築くんだろうなあ。そう遠くない、そんな未来はくそくらえ。だから、だから、今くらい、アンタと居させてくれ。それが許される今だけでも。こうして、名前さんと同じ空間に居られることがもう奇跡みたいなモンだ。ああ、俺はどうかしてる、どうしようもないロクでもねえ女にこんなに入れ込んじまって、今更後戻りも出来ない。

「ね、じょーすけくん、キスしよう。」

だけれどその言葉さえあれば、俺は救いなんて要らない。
若気の至りとでも、考え無しとでも、なんとでも言え。
ここが俺の涅槃。

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