「うわぁあーあ貸し切りだアァ!!」

ね、夏休みどーだった?、とか言って結構会ってたけどさァへへ、あ!課題終わった!?なーんて‥‥う、うそ!康一くんはまだしも仗助も!?酷いよ、裏切りだ、アイス奢れちくしょう!

等々、散々喚いた声を残したまま俺が追いつく頃にはもうそのプリーツスカートは宙を舞っていた。一拍おいたあと盛大な水柱。

「急に飛び込むとかどーいう神経してんスかアンタ!」
「げ!だ、誰だお前!」
「は?何言ってんだ、じょーすけですよじょーすけ!!」
「そんな、髪型が普通だよ!」
「あ?」
「いつもイケてるけど、今はなんだかただのイケメンだよォ〜!ぶ、ぶふふふ!」
「何笑ってんだテメエ。これ、名前がやったんスからね!?」
「びっちゃびちゃだね!」
「名前はそれどころじゃねーっスよ。せーふく、浸しちゃってイイんスかァ?」
「だーいじょぶぃ。どーせもうクリーニング出すんだから!」
「えー、下着透けるんじゃねーの、とか?」
「水着着て来たから〜。」
「はァ!?最初っから入る気マンマンだったんじゃないっスか!何で言ってくれなかったんだよ!」
「んー?ふふふ。」

答えず彼女は悠々と泳ぎ出した。コイツ、確信犯だ。ずりい!俺も泳ぎたかった!

「あ、あああめっちゃ冷たい!」

うそ、そーでもねーや。

俺はプールサイドに腰を下ろして、時折寒いとか楽しいとか奇声を発する名前を眺めながら空を仰いだ。むらさきいろじゃあないな、なんてゆーの?色んないろが交じって出来た空。もう夏も終わり、日が短くなりはじめてる。


「カンペキ暗くなる前に帰るからなァ!」

「うあーい!」

わかってんだかわかってないんだか。
あとで承太郎さんに怒られんのはお前じゃなくて俺なんだからよ。承太郎さんに悪いなあ、なんて、いやまあ思うわけねェけど。俺はそこまで善人じゃあないし、エンリョ出来る程大人でもない。寧ろあっちが‥‥あとからきたくせしてぜーんぶ掻っ攫っていきやがって、

「おい、じょーすけ!潜るから何秒か数えてて!」

プールの真ん中で名前が手を振る。
夏服がぺたりと肌に張り付いて、いくら下に水着着用だからといえど男子高校生のえーせーじょー大変よろしくない。慌ててスイッチを切り替え、性別とか関係ない意識しないとっても仲の良いトモダチモード。いつもどーり、いつもどーり。

「いいっスよォ!」
「いくよー、」

どぷん、空の色をそのまま落としたマーブル色の水に名前が沈んで見えなくなった。

「いーち、にーい、さーん、」

ね、名前、

「俺、名前のこと好きだ、」


ざばん、
「なんびょーだった!?」

「全然駄目!じゅーさんびょう!」

「!?も、もっかい!」

大きく頬を膨らませ再び名前が消える。繰り返し、何度も何度も。俺は名前のことが好き、俺は名前のことが好き、好き、好き、大好き。
ああ、俺は、

どぼん!

「うわッ!?なんだよじょーすけ、結局お前も入るんじゃんか!」

潜った水の中は思ったより冷たくて、名前が風邪を引いたりしないか心配になった。速攻で帰って風呂入れねえと。水中から見上げた水面はきらきらして、爆笑する名前のぐにゃりと歪んだ顔が浮かぶ。



「すっげ冷てー、」

「言ったでしょう、私ちゃんと!帰るとき制服重たくなるよォ?塩素まみれだよォ?」

「いーんスよ、どーせもう着なくなるし。」

「あー、‥‥この夏も終わりだね。」

「そー、スね。」

「最後にさァ、高校生活最後の夏にさァ、こんなしょーもない最高なこと出来て、超嬉しかった!」

「俺も。」

「やったね〜、そーしそーあいじゃん!」

「お前ェ、意味分かってつかってんだろうなァ?」

「なんとなくー!」

「なんとなくでつかう言葉じゃねーのよ。」

だってお前の好きって、そういう好きじゃあねえもんな。お前、そういう感情がある奴と俺に向ける笑う顔、全然違うの気づいてる、ワケねェな。無意識だもん、だろ?ああくそ、‥‥ずりィなあ。俺ばっかお前のことこんなに好きで、そりゃお前も俺のこと好いてはくれてるんだろうけど、健全なお友達として。畜生、切ねえ。手を繋いで浮かんだ水の上、この空、交わした言葉。隣にいる名前の顔。この光景を、この感情を、俺は大人になっても、未練がましくきっと何度も思い出しちまうンだろう。
あーくそ、塩素が目に沁みる。


2015/05/16
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