!暴力表現あり





目の前に、飛段の見慣れた顔がある。
相変わらずの趣味の悪いオールバック。
だけどその下にあるそれは、いつものおちゃらけた顔でも、人を小馬鹿にした顔でも無くて、真剣で純粋な、殺意に満ちた顔。


「ちょっと、苦しいよ、飛段。」

掠れた声で言ってみても、さらに首にかかる力は増すばかりで、解決どころか余計ドツボにはまってしまった気すらする。こうなってしまった飛段はトランス状態みたいなものになっちゃってるから、その頭の中が真っ赤に爆発しているのだろう。私の声など届きやしない。


こいつは自分が何されても死なない体だからって麻痺してきているんだ、人を殺す感覚が。どうやら人間の身体を過剰評価し過ぎている。息が出来なくなれば死ぬ、首の骨が折れれば死ぬ。そこまでタフなものじゃ無いんだから。
飛段みたいなとんだマゾ野郎ならまだしも、この圧迫感と胸苦しさは私にとってただの痛みにしかならず。



「あの男と、何話してた?」

つい数時間前に立ち寄った茶屋の店員さんと、
たかが三言ほど交わしただけだよ。

嫉妬深いというか疑り深いというか、もうそういう限度を超えているな、こいつのは。

「別に、今日は良い天気ですね、って、それだけ、」


肺がじりじりと熱い。
ぐう、喉からひしゃげた音がした。

飛段の目を見つめて言うと、ゆらゆらと頼りなさげにピンクが揺れる。

「ほんとに?」

「こ、の状況で嘘つけるほど、馬鹿じゃ、無いよね。」

だんだんと頭の中に靄がかかっていく感覚。
手足の先がじわりと冷たくなるのを感じながら瞼を下ろす。すると今まで重くのしかかっていた飛段の両手が離れ、いきなり気道がぱくりと開いた。

ぱちり、目を開けて久々の新鮮な空気をいっぱいに吸い込むと、そのままふわふわ宙に浮くよう。途端噎せれば、目尻には生理的な涙が溜まっていく。

「おいおい、大丈夫かよォ。」
「が、がッは、大丈夫なわけが、馬鹿!」

自分の胸元をとんとんと叩きながら怒鳴ると、飛段は全身を竦ませた。

「えー?だって、名前が他の男と喋んのが悪ィんだぜ!」
「毎度毎度それだけの理由で殺されかけちゃ命が幾つあっても足りないよ。」
「え、お前殺されかけてた?いつ?」
「うん、死にかけた。いつじゃ無いよ今さっきだよ馬鹿。」
「嘘だろ、あんだけで?」
「あのね、それだけ命って脆いの。」
「あ〜、‥‥わ、悪かった、かな、名前。」
「どうせまたやる癖に‥‥」
「いっ、やらねえよォ、多分。」
「はいはい、期待はしないけど。」
「げはっ!そうしてもらえると有難いぜ!」

コンマ数秒前は柄にも無くしょんぼり肩を落としていたくせして、もういつもどおりだ。
これはまたやられるかな、どもってたし。
気をつけないと今度こそ今生との別れになりかねん。



飛段は口笛を吹きながら、ネックレスの三角に指を入れたり抜いたりしている。随分ご機嫌で楽しそうだ。おおよそ、またしょーもないこと考えてんだろうなあ。

「ねえ、飛段。」

「あ?んだよ。」

「私が飛段の近くに居る理由はね、」

飛段に命を大切にして欲しいからだよ、


なんて、
口に出す前に考えてやめた。多分それが正解だ。
だって彼は暁の一員で犯罪者で、言う私だってそう。お前が言うか?ってはなし。

命を大切に、なんて、
小さい頃したお約束みたいにちゃちくて、

まもれるわけもなく、まもるあてもなく。


だけど私は、飛段の戦う様を目の当たりにする度にどこかで思ってしまう。ああ飛段が死んだらどうしよう、そんなことあり得ないはずなのに。

彼は不死身で無限に生があるようだけど、だからこそ自分の命を軽く扱う。それが彼なりのスタイルなのだとわかっていても、


「‥‥飛段を見てると辛いんだよ。」

「何言ってんだ、名前チャンは。俺のことが好き過ぎてってやつかそうだな、ア?」

「私を大切にしてね。」

それなら、


にやにやしていた飛段は、きょとんとした。ちょっと目を泳がせたあとばつが悪そうに、がしがしと頭を掻く。



私はひとつしか無いの、
弱い私が居ることで、強いように見えるけど脆い飛段が、わかってくれたら。

何をとまでは言わないけどさ、


「‥‥ま、努力するってことで。」

「しろよ?言ったからにはお前努力しろよ?」

「‥‥。」



おいおい、たのむよ、飛段。

わたしはあんたと、ずっと一緒に居たいんだから。


2015/03/18
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