![]() 恐怖心が宿る。それが例えば、○○の生まれ変わりだというのなら、なおさらではないだろうか? アヤナミさんはあの有名なフェアローレンだ。もちろん有名といっても良い意味ではない。彼はどちらかといえば悪役なのだから。 真実を告げられたのは、私が想いを告げたときだった。彼は私を諦めさせようとそんなことを言ったのだと思うけれど、私は彼を怖いなどとは思えなかった(だからといっていつもの彼が怖くないということではない)。さすがに身体の一部を失っても、再生してしまうというトカゲみたいな能力を発揮したときは驚きはしたけど、私はただ便利ですね、で片付けてしまった。それに少し興味があった。その能力もだが、フェアローレンという死神に魅了されたというべきだろうか、神秘的なものに人は弱いものである。それが全人類とは限らないけれどね。 「そろそろアヤナミさんが帰ってくる頃かな」 夜中の12時近くを指そうとしている時計。最近忙しいのか、こんな時間に帰ってくることが多い。本当だったら、要塞の専用個人部屋の方に泊まって出勤する方が都合がいいはず。でも、アヤナミさんは必ず帰ってきてくれた。私だけのために。 馬車の止まる音が聞こえた。玄関が開くまであと6秒。ガチャリとドアが開いて、召使いの人達は皆主の帰りに声を揃えて出迎える。今日は珍しく起きれていた(いつもは椅子に腰掛けたまま寝てしまっていて、彼がベッドに寝かせてくれる)私は、彼のもとに駆け寄る。そして笑顔で出迎えた。 「おかえりなさい」 「ああ、ただいま」 ふわりと抱きしめられる。私はそれに答えて抱きしめ返す。こんな小さな幸せが私は好きだった。こんな瞬間には、彼が死神だなんて誰が思えるだろうか、なんて問いたくなる。 「今日は珍しいな」 「カフェインをたくさん摂ったり睡魔がきたら頬叩いたりして頑張ってみたの」 「そこまでして起きていなくてもよい」 「だってアヤナミと少しでも一緒にいたいもの」 「・・・先にベッドに行っていろ。私もすぐ行く」 「うん、わかった」 名残惜しくも私は一足先に寝室に行った。 ![]() 「私はベッドにと言ったと思ったが、」 「駄目よ、ベッドに入っていたら今私は起きていないわ」 「わがままな娘だ」 「そんな私を妻にしたのはあなたでしょ?」 「それもそうだな」 ベッドの隣に置いてある椅子に腰掛けていた私だったが、アヤナミさんに抱きかかえられ、ベッドに強制的に移動させられてしまった。悪くはなかったけど。 でももう少し話をしたかった私としてはあまり気分は良くない。アヤナミさんだって疲れているから早く寝かせてあげたいとは思うのだけど、でも、最近のアヤナミさんがおかしいと感じていた私は、どうしてもその原因を知りたかった。 おかしいというのは、別に外見とかではなく、浮気の疑惑があるとかいうものでもなく、ただ直感的に、彼が何かしらに悩んでいるんじゃないか、というおかしさだった。何故なら彼は悩むことは滅多に無いから。いつだって彼は正しくて、完璧で、なんでも知っているし出来るから、悩み事はなかったし。それに唯一悩むだろう家のことや黒魔術のことだって、世間の目なんて気にしないような人であるから、きっと悩んだことなんかないんだと思う。それでも、私が知らないだけで、本当は悩んだこともあったのかもしれないけど。でも私が見てきた彼は少なくとも、悩みなんてありません、というタイプの人だと思ってた。 それなのに、やっぱりどうしたことか様子がおかしいのだ。ぼーっとしていて呼んでも気付かなかったことがあったり、どこか上の空で私が近くにいても私から話さない限り見もしないし、重要な書類を家に忘れたりと、逆に不気味で恐ろしくなってくる。 それにこのまま放っておいてもいいことは全くない。私にとっても彼にとっても悪いことしかない。なにより彼の部下の人達の彼に対する評価が下がってしまうのではないだろうか? 私は決意をして聞きだすことにした。 「アヤナミさん?まだ・・・起きてる?」 私を抱きしめるように寝ている彼を下から恐る恐る覗き込む。しかし瞳は固く閉じられていた。 「私が言うまで黙っているつもり?」 チクタク、時計だけが音を響かせる。 一度ゆっくり静かに深呼吸して、口を開いた。 「私は、貴方の妻です。いつも、どんなときも、傍で支え続けると誓いました。・・・貴方は私に心配をかけないつもりでいるんでしょうけど、私は、そんなに貴方にとって頼りない存在ですか?私は貴方の力になりたいのに・・・」 だんだん弱弱しくなって、ついにはまっすぐ彼を見つめていた視線も下げてしまった。涙が零れそうになるのを必死に耐える。辛いのは、私じゃない。 ふと、大きな手が私の頬を包んだ。優しく、壊れ物に触れるような手つきで、顔を上げさせられた。絡み合う視線。彼の綺麗なアメジストの瞳が映った。 「アヤナミ・・・さん?」 「・・・お前が私を好きだと言ったあの日、私が言ったことを憶えているか?」 「・・・自分は黒魔術師で、誰もが恐れる死神だ・・・って言ったこと?」 「そうだ。私はアヤナミであるが、フェアローレンでもある」 告白した日を思い出して、懐かしく感じた。そう、彼は私に自分の正体を明かしてくれた。もし私が彼の正体を知って拒絶したなら、記憶を消すつもりだったみたいだけど、予想は外れて、私は正体を知った上で彼を受け入れた。 「・・・今の自分は、本当はどちらなのか・・・今こうしているのはどちらなのかもわからず、本当は不安なのだ」 初めて彼の弱音を聞いた。弱音なんか吐かない彼だから当たり前なんだろうけど。 「フェアローレンの記憶を取り戻したときはまだよかった。ただフェアローレンとして、何をすべきかわかって、やるべきことを思い出して。だが、次第に私は本当は誰なのかわからなくなった。アヤナミという一人の人間なのか、死神なのか。アヤナミだというならこの記憶は一体何なんだと。死神だというなら今までこうして生きてきたアヤナミは一体何者だったのだと」 震える声、手。感じられるか感じられないかのごく僅かな異変だったけど、私にはとても強く感じられた。 アヤナミさんは一呼吸おくと、言葉を続ける。 「・・・だからこそ、お前が私の正体を知っても、愛してると言ってくれたときは本当に嬉しかった。悩んでいたことも全てどうでもよくなってしまった。それからお前と結婚して、考えることもなくなったのだが・・・フェアローレンの力を取り戻すたび、それを思い出してしまった」 「だが、心配をかけてすまなかった」 悲しげに微笑むアヤナミさんは今すぐ消えてしまいそうだった。それが怖くなって、私はぎゅっとアヤナミさんに抱きついた。 大丈夫、彼はここにいる。身体は冷たくても、温かい、私の愛する夫は私の隣で生きてる。 「私は貴方が誰であろうと、今ここにいる、私の傍にいてくれる貴方を愛し続けます。アヤナミさんだとか、フェアローレンだとか、確かに違う人格なのかもしれない。でも、元は貴方一人でしょう?」 「私は、貴方を愛していますよ」 力強く抱きしめ返された。心臓の音が聞こえる。どくどく、どちらのものかはわからない。でも、とても愛おしい時間だった。 彼は涙を流しているのだろうか、でもそれもどうでもよかった。彼が傍にいてくれただけで。 ![]() |