19/66
私がここにトリップしちゃって、お世話になってから早二週間が経とうとしていた。
忙しく騒がしいブラックホークの執務室にも慣れ、アヤナミさんがヒュウガ少佐を鞭で打つのにも慣れ、毎日何故かアヤナミさんと寝るのが当たり前となってしまったのも慣れ・・・てないが、いや、これは部屋が用意出来ないかららしいだけで、決して私がアヤナミさんを襲いたいというわけではなく、まあまだ不審者なので監視という意味で一緒に寝ているのである。私が女である事を認識されていないような気もするが。
でも、すっかりブラックホークの一員化した私は、今はお掃除したり皆にお茶を煎れたりコナツさんの書類の手伝いなどをして過ごしていた。というかほとんどはコナツさんの手伝いをしている気がする。
「ナコたーん、そんなに書類ばっか相手にしてないで俺と相手してよー」
「じゃあヒュウガ少佐も書類と相手したらどうですかー?」
だん、だん、と今日も私は参謀部の印鑑を書類に押していく作業の中、酷いっ、などと後ろでヒュウガ少佐が泣きまねしているのがわかる。
カリカリという音とだん、だんという音としくしくという音が聞こえる執務室。そんな執務室のドアが、ガチャッと開いた。
入って来たのはカツラギ大佐だった。
目でカツラギ大佐を追うと、カツカツと歩いてアヤナミさんのもとで止まった。数枚の書類をカツラギ大佐はアヤナミさんに渡す。
「くまなく調べたのですが、何一つわかりませんでした。携帯と言われる小型機器の方も高性能であり、似たようなものがありましたがそれとはまた違い・・・正直さっぱりです」
「そうか・・・。ご苦労、通常任務に戻ってくれ」
「はい」
カツラギ大佐は自分の机に戻り、アヤナミさんは立ち上がり、こちらに歩いて来た。
え、何!?
「貴様は本当はどこから来たのだ」
「日本国です」
「・・・」
「嘘なんかついてませんよ!?」
アヤナミさんが正直に言え、と睨んでくる中、ヒュウガ少佐が助けてくれた。
「でも、ちょっと気になるよね。・・・ナコたんって家柄は何?」
「庶民ですが・・・?」
「だよねー貴族には見えないもん」
おい、どういう意味だグラサン。とは言えず、我慢し冷静に考えた。
「貴族なんているんですか?」
途端、皆目を丸くしてこっちを見た。
「え、え、何か変なこと言いました!?」
「ナコさんの住む国には貴族がいなかったんですか!?」
少し声を荒げてコナツさんが言った。コナツさんがこんな声を荒げるなんて珍しい。
「そうですね、大富豪とか貴族みたいな人はいると思いますが今時貴族なんて言いませんし・・・」
昔はいましたが、とだけ言っておく。その後もやっぱりみんな驚いたままだった。
「アヤたんだって貴族なんだよー」
「ええええええ!?き、貴族ですか!?あ、でも確かにそんな感じしますしね」
アヤナミ様が貴族かあ、またアヤナミ様のモテポイントが増えたなあ。そういうヒュウガ少佐も、もしかして他のみんなも貴族だったりするんだろうか・・・?
「ああ、アヤナミ様、言い忘れていたのですが」
カツラギ大佐は自分の机からアヤナミさんに目を合わせ言った。
「それ以前に、ナコさんはどうやらこの世界に存在していないようです」
ぽかんとするみなさん。私は紅茶を啜りながら聞いている。
「どういうことだ、カツラギ大佐」
「彼女の戸籍はおろか、彼女が存在しているという書類等が一つもないんです」
「じゃあナコたんは存在しないの?」
「いえ、おそらく、違う世界から来たという類のものかと」
アヤナミさんとカツラギ大佐とヒュウガ少佐が会話している中、私はなるほどと思いながら聞いていた。
「そういうことですか。なるほど、ザイフォンとか意味わからなかったですし、バルスブルグ帝国なんて聞いたことありませんでしたし、なんか変だと思ってたんですが、そういうことなら合致しますね」
「ちなみに、ラグス王国は知っているのか?」
「聞いたことありません」
「・・・そうか」
アヤナミさんは渋い顔をする。まるでめんどうなものを拾ったとでも言いたげだ。
「ラファエルの瞳の加護を受けしバルスブルグ帝国、ミカエルの瞳の加護を受けしラグス王国、千年も前からあった対等な二つの国。それを・・・本当に知らないんですか?」
コナツさんが再度聞いてくる。
でも全くわからないし聞いたことがない。まだまだ知らないことがたくさんありそうだ。
しかしその中のある言葉に聞き覚えがあり反応する。今コナツさん、ラファエルの瞳とミカエルの瞳って・・・、
「ラファエルとかミカエルとか宗教は同じみたいですね」
「ラファエルとミカエルを知ってるの?」
ヒュウガ少佐がひょい、と後ろから体を乗り出して聞いてくる。頭の上に乗せられた腕が重たい。
「少しですが、確か大天使ですよね?でも想像上のものって、」
またみんなして驚きだした。・・・そんなに私、みなさんと違いますか。
「ラファエルの瞳もミカエルの瞳も本当に存在するよ?フェアローレンの話を知らないの?」
「・・・?」
「知らないんだね☆」
まるで自分が知ってるからっていい気になって自慢してくる小学生のようなノリで話すヒュウガ少佐。え、お前知らなかったの?ごめん、常識だと思ってたから、とか言って腹立たせるには持ってこいの話し方だ。
「何ですか、その・・・フェア?何とかって」
途端みんなして黙りだしてしまった。何がしたいんだろう。別に知らなくてもいいやと思ったとき、
「天界の長の娘を殺すという大罪を犯し地上へ逃げて来たと言われている伝説の死神のことです」
ハルセさんが優しい声色で答えてくれた。でもどこか悲しげな表情だった。それは何を意味していたんだろう。
「誰だって知ってる話だよ。知らないってことは、やっぱりこの世界の人間じゃないってことなんだね」
クロユリ中佐がハルセさんに抱っこされながら続けた。
どうでもいいがこの二人親子?
「ラファエルの瞳とミカエルの瞳はそのフェアローレンの魂と躯を封印してるんだよ」
ニコニコと話すヒュウガ少佐。サングラスでよく見えないが、ニコニコとした表情で目だけは真剣だった。
「へえ・・・そうなんですか。そんな神話聞いたことないですけど・・・」
「じゃあナコたんの世界ではミカエルの瞳とラファエルの瞳は何の役割を果たしてるの?」
「ええと、詳しいことはわからないんですが確か悪魔と戦ったりとかだった気がします」
「まあ、だいたい似てるね」
ヒュウガ少佐がそう言った。
この世界では本当にあるんだ。皆で嘘ついたりしてないよね。どこかに隠しカメラもないし。
「今度詳しく調べてみようかな」
そう言うとアヤナミさんが今まで手元の書類に向けていた目線を私に移した。
「どうかしました?」
尋ねても顔色を変えることはなく、ただ見てくるだけ。まるで睨めっこ状態。ちなみに私はすでに負けそう。
「いや・・・なんでもない」
それだけ言って視線を外し、参謀長官室へ行ってしまった。本当は何か言いたかったんだろうか?
*前 次#