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奥はもっとシンプルな部屋だと思ったら、あまりのごちゃごちゃ感にびっくりした。
私の目の前には大きな全身鏡。部屋を取り囲むようにあるたくさんの衣装に、靴に、飾りに、化粧道具。どこの有名女優の衣裳部屋ですかと疑うくらいすごいところだった。
「じゃあまず全部測って調べるからね」
「は、はあ・・・」
いやいやいや、すごくいやだ逃げ出したいでも逃げたらアヤナミさんに即効見つかるはずか死ぬそれは無理でもこれも無理!
わけがわからないまま覚悟して測られるのを待った。・・・あっという間に終わったけど。
その次は衣装をこれかこれかと合わせられた。
店員さんが気に入ったと言った衣装は2着で、お色直しで使えばいいだろうと言っていたが意味がわからなかった。
そしてその衣装に靴や飾りを合わせていく。
すべてが決まったあと、2着のうちの1着の方を着せられた。
「あの・・・聞いてもいいですか?」
「うーん、内容によるかしら?」
「なんで私は化粧されているんでしょう?」
「ちょっと黙ってて」
「はいっ!」
仕上げにとリップグロスが塗られる。くすぐったいが必死に耐える。
「出来た。えーと、なんで化粧されてるか、だったかしら?」
こくこく、と鏡に向かって頷く。
「それは、アヤナミ様に聞いたほうがいいと思いますよ。まあいずれわかることでしょうけど」
「え?どういう意味ですか?」
「とりあえず、アヤナミ様にあなたの綺麗な姿をお見せしたらってことよ」
「馬子にも衣装とか言ってきますよ絶対」
ふふふ、と上品に笑う店員さん。
「おもしろいのね、あなた。彼が気に入るわけがちょっとだけわかった気がする」
「え?気に入るって・・・?」
「ここにアヤナミ様が女性を連れ込んだのは初めてなの。気に入らなければ連れ込まないでしょう?」
「それは誤解ですよ、アヤナミさんは仕事が第一って人なんですから。たまたまベグライターである私が女だったってだけで・・・あ、もしかして私着替えさせたのってまた仕事!?」
「・・・それはどうでしょうね。ねえ、あなたはアヤナミ様のことどう思っているの?」
いきなりの店員さんの質問に思考も動作もストップする。
「え・・・えと、それは・・・」
「好き・・・とか」
「!?っ、な、ないない!ないないない!!私が好きなのは坂田であって断じて似てるからってアヤナミさんをっ」
「顔真っ赤よ。それに、大げさな否定は誤解をうむわよ?」
「っ、」
何も言い返せない。現に私は火が出そうなほど真っ赤だ。
「・・・これだけは言っておいてあげるわ」
「・・・?」
「アヤナミ様、以前店に来た時よりも表情が柔らかくなった。表情だけじゃない、彼、変わったわ」
「そう・・・なんですか」
思い出すように目を細めて鏡を見つめる店員さん。
それが何か意味を含めているようだったが、聞いてはいけないような気がした。
「まあがんばってね」
「え?」
「アヤナミ様をこちらに呼んできて頂戴」
店員さんがもう一人の店員さんにそう言うと、部屋を出て行った。
「あの、もしかしてあなたって、ここのオーナーさんですか?」
「あら、今頃気づいたの?」
ふふふと笑ったその人はとても綺麗だった。
コンコン、とノックの音がして、オーナーのどうぞという声のあとに扉が開かれた。
ごくり、と唾を飲み込んで構える。なんでこんなに緊張しているのか自分でもわからない。
「・・・ナコか?」
アヤナミさんが疑っているようで、イラっときて、強めに言ってしまった。
「どうせ馬子にも衣装とか言いたいんでしょう?」
ふん、と顔を横に向ければ、そっと頬に手を添えられた。
「綺麗だ・・・想像以上に」
全身の熱が顔に集まる。ぼふんという効果音が聞こえてきそうなほど顔が真っ赤になって、慌てて下を向いて隠す。
「卑怯じゃないですか、何ですかいきなり」
「思ったことを口に出しただけだが」
「それが卑怯って言ってるんですよ!」
「ナコ、顔を上げろ」
いやだいやだと首を振るが、無理やり顔を上げられてとっさに腕で顔を隠す。
でも腕もアヤナミさんに掴まれて、思わず目をそらした。
「何故そらす」
「直視できないからです」
「何故だ」
「何故って・・・恥ずかしいからに決まって、」
・・・なんで恥ずかしいんだろう?思わず出た疑問にふと首を傾げる。
「そこまでにしてあげたらどうです?アヤナミ様」
オーナー!!女神さま!!よくぞ助けてくれた!!
「彼女も衣装合わせで少し疲れたと思うから、アヤナミ様がちゃんと介抱してあげてくださいね」
「ああ」
ぐいっとまた強引に腕を引かれ、馬車へと帰っていった。
去り際に見た、オーナーの寂しそうな、綺麗な微笑みが、頭から離れなかった。
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