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ざわつく教室。見渡す限りの男子生徒達。
軍服のような制服を着ている彼等達は、座って、私に注目する。隣の教師の人は、優しげな笑みと声色で私の名前を黒板に書いて読み上げる。
自己紹介を促された私は緊張と恐怖で心臓ばくばく。握り締める手は汗だらけで、顔が熱い。倒れてしまいそうだが、このちょうどいいタイミングで貧血になれるほど私の身体は弱くなくて。仕方なく、声が裏返るのを防ぐため咳払いを一つして、小さな声を振り絞って出した。
「は、初めまして!ジユウナコです!ええと、宜しくお願いします!」
「皆さん、クラスで唯一の女の子ですから、優しくしてあげてくださいね」
私の席を教えてもらい、そこに座ると、隣と前後の男の子に見られて思わず下を向いた。
先生は、授業の準備をしておくこと、と言って教室を出て行ってしまった。
ばたん、と先生が出て行ったドアが閉まる音とともに、隣から、ねえ、と声がした。恐る恐る隣に目を向けると、興味津々そうにこちらを見ていた。しかし、その男子だけではなくて、いつの間にか、私を囲むようにしてみんな集まっていた。
いやああああああああああ!!こっちくんなああああああああああ!!空気読めえええええええええええええええ!!!
「君はどこの家の子?」
「え、い、家?」
「あ、もしかして貴族じゃなくて庶民だった!?俺と同じじゃん!」
「はい、庶民ですが」
「なんで士官学校に入学したの?しかもこんな時期に」
「えーと、ミロク理事長に推薦されて・・・」
「嘘!?お前もミロク理事長のお気に入り!?」
「え?お気に入り?」
「そういやさあ、なんかミロク理事長に気に入られた凄いザイフォン使いが入ってくるって噂あったよな?」
「え、う、噂が?」
「ああ、あったあった。え、もしかして、君が?」
「いやたぶん人違いだと思います・・・」
「そうなの?」
前後左右から飛び交う質問や会話に目が回る。吐きそうだ。
「あの・・・この学校って、女生徒はいないんですか?」
「少しならいるよ」
「本当ですか!?」
「隣の隣のクラスあたりにいた気がするけど」
「でもさーもう少しいてもいいよなー。こうも野郎だらけだと恋なんか全く出来ねえし」
「そうです、ね」
同性愛に目覚めたらどうですかと言いそうになって飲み込んだ。危ない、ここは公共の場だ。
「あ、君教科書とか持ってるの?」
「あ、はい。そういうのはあります。ありがとうございます」
教科書類やノート、制服、その他もろもろ、必要なものは全部アヤナミさんがそろえてくれた。
ミロク理事長に会った次の日の朝にそれらが詰められた段ボール箱をアヤナミさんから渡されたときはびっくりした。
「借りたいときはいつでも言えよ!俺何でも貸すから!」
「お前抜け駆け反則ー」
あはははー、と自然に笑ってみんなの雰囲気に合わせるように誤魔化した。するとなんだか私の自惚れなのかもしれないが、大半の男子が耳を赤くしてそっぽを向いていた。
きっと女子がいなかったから、反応を間違ってしまったのだろう。
私はそんなに可愛いと自身を持って言えるほどじゃないし、美人ではない。彼等が大人になって、素敵な女性を見たとき、私の存在がそういやあいつ全然可愛くなくね?とか思い出して後悔するんだろう。
あれ、悲しくなってきた。
空は赤く染まり、あっという間に帰宅時間になっていた。授業はさっぱりわからなくて、とりあえずノートに写すだけで精一杯だった。あとでブラックホークのみんなに聞こう。
鞄を持って教室を出ようとしたとき、家まで送ろうか?なんて聞かれてかなり困った。私は凄く不自然な断り方で無理やり逃げてしまった。焦っていたのがばればれだろう。恥ずかしい。
溜め息を吐いて、とぼとぼと校門を通ると、聞き覚えのある声がして顔を上げた。
「お疲れさまーナコたん」
「ヒュ、ヒュウガ少佐!?それにアヤナミさんまで!?」
校門で待ってくれていたのか、飴を咥えながらにこにことヒュウガ少佐は私に笑顔を向ける。その後ろで書類を手に持っているアヤナミさん。でも私に気が付くとその書類をすぐに仕舞ってしまった。気を使ってくれたのかな。
「どうだったー?学校は、」
「みんないい人でしたよ。授業は意味不明でしたが・・・」
「帰ったら教えてやろう」
「アヤナミさんが教えてくれるんですか?」
「ああ。嫌か?」
「いえいえいえ凄く嬉しいです!!」
「アヤたんねーナコたんのために早く仕事終わらせて迎えにき、ぐふっ」
「黙れヒュウガ」
肘打ちを喰らったヒュウガ少佐はお腹を擦りながらなんてことないといった顔でさっさとホーブルグ要塞に向かって歩いて行ってしまった。さすがヒュウガ少佐。
ちらりと横目でアヤナミさんを見ると、ヒュウガ少佐の歩いて行った方を見て眉を寄せて舌打ちしていた。なんだかそんなアヤナミさんの仕種が可愛らしくてふふっ、と笑うと、頭を撫でられた。てっきり睨まれるか、殴られるか、鞭が来るかと思っていた私は不意打ちを喰らって拍子抜けしてしまった。
最近よく頭撫でられるな、とぼーっとして突っ立っていると、先に歩き出していたアヤナミさんに呼ばれて慌てて駆け寄った。
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