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アヤナミさんに告白された。キスまでされた。
自分の気持ちを正直に言うことなく、しばらくその場から動けなかった。
正直になれば、嬉しい。こんな私を愛してくれて。しかも私にはもったいないほどのあのイケメンで完璧なアヤナミさんが私を愛してくれてるなんて、これ以上の幸福はない。信じられなくて、今までのは全部夢だったんじゃないかって思う。
でも、駄目だよ。私は今までどおり坂田を愛してると言い続ける。・・・私が異世界人である限り。
現実は無情だ。物語のシナリオは思い通りには進まない。
どれほど経ったろう。腫れた目が治まり、顔の熱が冷めてから、私は決意を固めて皆のもとに戻ることにした。長居は心配をかけるだけだ。
廊下から会場の中の様子を探る。ブラックホークのみんなはすぐに見つかった。・・・アヤナミさんも、そこにいた。
(平然としてる・・・それはそれでちょっと悲しいんだけど、)
複雑な思いで見つめていると、後ろから声をかけられた。
「すみません、貴女・・・アヤナミさんのベグライターの方・・・ですよね?」
「はい、そうですが・・・?」
「ちょっとお聞きしたいことがあって・・・お時間よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
貴族のお嬢様らしき人が、不安げな表情で立っていた。優しく微笑んで返すと、ぱぁっと笑顔になり、来てくださいと腕をぐいぐい引っ張られる。意外とぐいぐいくるタイプが印象と違い拍子抜けしてされるがまま連れて行かれた。
「どういうこと、ですか?」
一室に案内され、扉が開かれて見えた数名の女性方。
扉が閉まる。
「わからなくて?・・・そう、私達は貴女をこんなにも憎んでいるのに」
憎む?何かした・・・か?いやいやそれどころかこの人たちに会うのは今日が初めてだ。・・・たぶん。
「いいわよね、ベグライターって」
「え?」
「ずっとあの御方の傍に仕えていられるんですもの。一日中といってもいいほど一緒に過ごしているのではなくて?」
あの御方って、誰?仕えるって・・・まさか、
「でも所詮は仕事上の付き合い。貴女はベグライターを選んだ時点で負けなのよ」
すいません、私が選んだわけじゃありません。
心で冷静に愚痴を吐く。不思議と他人事のように感じていた。
「そう、私達と貴女では決定的な違いがあるわ。・・・乗り越えられない、壁が」
「私達はまだアヤナミ様に女として見ていただける。でも、貴女は・・・女としては見てもらえないのよ!」
やっぱり彼だったかと内心溜め息をつく。アヤナミさんを慕っている女性は大勢いる。そんな彼女達から特別な立ち位置にいる自分に嫉妬をぶつけてくるのは珍しくはなかった。
「私達はずっと、ベグライターだからと耐えてきたけれど、ここではっきりさせてほしいわね」
「貴女はアヤナミ様のことをどう想っているのかしら?」
ああ、さっきと全然変わらないじゃないか。
そんなこと、こっちが聞きたい。
「黙っていないで、白状なさい」
「私は・・・、」
ぐっ、と拳を握る。どうしたらこの状況を抜け出せるか、必死に出口を探す。
周りで静かにしていた女性達が徐々に動き出している。おそらく全部貴族で結構手を出したらやばそうな人たちだらけだ。まったくやりづらい。
バン、と扉が開かれた。
一斉に扉の方に視線が集中する。
僅かにアヤナミさんを期待していた自分が憎たらしかった。
「ナコさん!!」
「あ・・・貴方は、」
(ケーキを分け合った!・・・ついでに踊りに無理矢理付き合わされた、あの人!)
「誰?邪魔するというのなら・・・貴方も、」
「まあ待ってくださいよ。私は・・・いや、俺はレオっていいます。教会からの使者です」
「教会ですって!?」
「なんで教会の使者なんかがこんなところにるんですの!?」
「私は抜けさせてもらいます!本当は面倒ごとなんて嫌いですもの!」
「私も!もし見つかってアヤナミ様に嫌われたら元も子もないわ!」
私も、私も、と次々と扉から出て行く貴族の令嬢たち。
教会の使者と言っていたけど、この人は一体何者なんだろう。
それに教会なんてものがあったなんて今まで知らなかった。あ、でも辞書で一度だけバルスブルグ教会って文字を見たような気がするような・・・。
「な、ちょっとあなたたち!待ちなさいよ、抜け駆けは許さなくてよ!」
リーダー的ポジションだった令嬢もいなくなり、結局部屋の中には私とレオと名乗る彼しか居なくなってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。えっと、あの・・・」
「また、お会いできましたね」
「え?」
はて、会ったことあったっけ?人の名前を覚えるのは苦手だけど、人の顔を覚えるのはわりと得意な方だと思ったんだけどな・・・。
「まあ、あの時はちょっと変装していたので、わからないのも無理はないでしょう」
「はあ・・・」
「言ったでしょう?いつか必ず貴方を助けに戻ってくるって」
どこかで聞いたことがある言葉・・・
(『貴女は司教様がおっしゃっていた救世主だ』)
「あの時の!!」
私の初めての任務で敵だった奴らのボス・・・!!
でもなんでこんなところにいるんだろう?捕まったはずじゃ・・・。
「捕まったんじゃなかったのかって顔ですね。実は捕まっていなかったんですよ。聞いてなかったんですか?死刑に決まったラグスのテロリストのリーダーが、逮捕翌日に脱獄したというニュース。その後そのリーダーは行方不明でテロ事件はお蔵行きとなった。本当のところは、教会に逃げ込んだために軍が手を出せなくなったというのが真実です。信じてもらえました?」
どういうことなの?アヤナミさんは逮捕されたとだけしか教えてくれなかった。
みんな、頑張ったね、お疲れ様、それだけ言って、何も言わなかった。だから私も深くつっこまなかった。だって、その後のことなんて気にもかけなかったし、知りたくもなかった。でも、そんなことになってたなんて、なんでみんな言ってくれなかったの?どうして死刑にまで発展していたことを教えてくれなかったの?脱獄していたからこんな結果になったけど、もし脱獄していなかったら、私は一人、いや何人も死刑とまではいかない罪の人たちを殺していたことになってたかもしれないのに!
「そんな・・・なんで・・・」
「・・・貴女は悪くありませんよ。この帝国が腐っているだけのこと」
「・・・・・・」
「一緒に教会に行きましょう。今日はそれだけのために潜りこんだんです。あの男の傍にいてはいけない」
「あの男・・・?」
「アヤナミ、いや・・・死神というべきでしょうか」
「え?」
嘘、だ・・・。
嘘といってよ、アヤナミ様が・・・何?死神?死神ってあの、フェアローレン?
まさか、確かにアヤナミ様は死神と見間違えるくらい怖いことはあったけど、でも本当に死神なんて、そんな非現実的なこと・・・
「司教様はそうおっしゃっていた。そして貴女は、アダムだと」
「・・・はい?」
今なんて言った?アダム?
・・・って、あのエデンでイブと一緒に出てくる?
まさかまさか、そんな馬鹿な。
「信じられないのも無理はない。詳しいことは教会に行けばわかります。司教様からの言葉のほうがいいでしょうし。とにかく死神の転生のアヤナミとアダムの転生の貴女が一緒にいてはいけない!ここから出るんだ!」
そんな、本当に?アヤナミさんが、死神・・・。
違う。ほんとは分かってたくせに、気づかない振りをしていただけなんだ。
・・・自分の気持ちにだって。
「私、言わなくちゃ。アヤナミさんに、私の今の気持ち」
「・・・なら、強制的にでも連れ出すしかないですね」
「え・・・」
ぐいっと腕を引っ張られたと思った途端、すぐ近くで轟音がした。レオがザイフォンを使って窓と壁を破壊したのだ。辺り一面に散らばったガラスの破片、コンクリートの残骸。埃や塵が舞い散って咳き込む。・・・いきなりやるとか不意打ちだ!
バタバタと人が近づいてくる足音が聞こえる。さすがに今のは人が来るのは当たり前だろう。
「・・・どうやら黙って連れ去らせてはくれないようだ。なぁ、アヤナミ参謀長官。いや、フェアローレン?」
「ナコから離れろ」
「アヤナミさん・・・」
「お前、あの時のっ!・・・ナコに何かしたら絶対に許さないよ」
「クロユリくん、」
「ナコたんに汚い手で触らないでくれるかなぁ?」
「ヒュウガ少佐っ」
「ナコさん!!っく、今度は逃がさない」
「コナツくんっ、」
「ナコさん、怪我はありませんか!?」
「ハルセさん・・っ」
「ナコさんを二度も危険な目に合わせるとは・・・よっぽど死にたいのですねえ?」
「カツラギ、さんっ」
どうしてこの人達はこんなにも優しくてあったかいのだろう。
ほんとの家族のように接してくれて、外では人殺しや黒魔術や冷酷とか言われてるくせに、まるで別人なんだ。わたしはそんなみんなが大好きなんだ。
「・・・騙されてはいけない。忘れたのですか?イブを殺したのが誰だったか、あなたを苦しめていたのは誰だったか?・・・アダム、」
「っ、!?」
心がずきずき痛い。私の中に誰かがいる。声が聞こえる。この声は聞いたことがある。ピンチのときにいつも聞こえてきたあの声だ。
そっか、あれは・・・アダムだった、んだ・・・
「・・アヤナミ、さ・・ん・・『・・・忘れたことなど一度もない。ずっと、このときを待っていたんだ』
「・・・誰だ、貴様は」
『忘れたのか?フェアローレン。私はずっと忘れることはなかった。愛するイブを殺した裏切り者の死神のことをっ!!』
「!?」
『驚いたか?まさか私まで転生してるとは思わなかったか?それもこの娘に』
先ほどまでの殺気は感じられず、アヤナミはただ信じられないといった表情でナコを見ていた。そのアヤナミの姿に、ナコの変貌ように、ブラックホークのメンバーは動揺を隠しきれない。
「・・・ずっと騙していたということか?・・ナコというのも、創りものか?」
『・・・その答えは、教会で教えてやる。お前がそこまでナコを愛しているというなら教会まで追いかけてくることなど容易いだろう?』
「・・・・・・」
『いずれにしても、お前と私は決着をつけなくてはならなかった。必ず教会に来い。来なかったときは・・・ナコを元の世界に返すだけだ』
「!」
待っているぞ、その一言を言うと、破壊した場所からナコの姿を借りたアダムと、レオは逃げ、消えてしまった。
「ナコがアダムの転生だったとはな・・・っふ、笑止。アダムの芝居であったのなら殺すまで。もし本当にナコという人間が存在していたのなら・・・」
「殺すの?アヤたん」
「・・・愚問だな」
-----キリトリ-----
人魚=声と引き換えに足を手に入れた(アダムと引き換えにトリップした)
救えるのは死神だけ=泡になって死ぬ(人魚姫にとってのハッピーエンド)
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