ちゅ、とリップ音が部屋に響いて、私は思わず顔を赤らめた。それを満足げに見つめる彼は、さらにキスを強要してくる。
「だめです、奥様が帰ってきますから。」
「ナルシッサは帰ってこないよ。なにせ今回のパーティの主催なんだから。」
それはあなたもでしょうと言う前に口が塞がれた。電気も消した彼の部屋は月明かりが差し込むだけ。具合が悪いからとパーティを抜け出し私を呼びつけた彼は、まるで最初からこうするつもりだったように恋人ごっこを始める。
「それは旦那様もです。」
「こうして会えるのが喜ばしくはないのか?」
「そうではなくて…」
ああ言えばこう言う。私がこのマルフォイ邸のお手伝いになってから、私と彼の関係は続いていた。バレないよう細心の注意を払って密会しては、愛してると囁く。それが、奥様が相手にしてくれない淋しさの穴埋めという役割なのは充分自覚しているつもりだった。彼を好きになってはいけない。そう思う度心惹かれた。その綺麗な髪が、端正な顔立ちが、色っぽい声が私のものになってしまえばどれだけ幸せかと。
「流されてしまえばいいものを。」
彼はいつも言った。私は奥様に罪悪感を感じながら仕事を続けていると頭がおかしくなりそうで、どうにも堪らなかった。彼は私を惑わせる。私は普通の恋がしたかった。
「そういう訳にはいきません。」
「そう堅いことを言うな。」
「それにあなた、私みたいな愛人が何人もいるではありませんか。」
一瞬驚いた表情を見せた彼は、次の瞬間にはいつもの甘いマスクに戻っていた。妬いているのかい?なんてニヤニヤ聞かれて、今度顔が赤くなるのは私。本当、これではまるで妬いているみたい。
「そんなんじゃありません。」
「でも顔に出ているね。」
頬を撫でられて、思わず擦り寄った。ルシウスは一瞬驚いた顔をして、君も甘えたりするんだなと笑った。私だって彼が好きなのだ。普段はこの気持ちを殺している分、反動で気持ちが流れ出す。いけないことだと分かっているのに、私の方が彼と早く出会っていたらと、ありもしない現実に想いを馳せる。パーティ会場から離れたこの部屋はとても静かで、勘違いしてしまいそう。
「奥様が、心配しておられます。」
「そんなことはどうでもいい。」
君といる夜はこんなにも素敵なのに
彼はそう耳打ちして、私の頬にキスを落とした。そろそろ戻らなくては、と、まるで今までの雰囲気がなかったようにネクタイをしめ直し、鏡の前で身支度を整える。コツコツと小さな足音が聞こえて、私は思わずクローゼットに隠れた。
「ルシウス!具合は大丈夫?」
彼が心配なのだろう、奥様もパーティを抜け出してきたらしい。こんなにも愛されてるのに浮気だなんて、本当、罪な人。
「ああ、心配をかけてすまない。今パーティに戻ろうと思っていたところでね。」
「それならいいの。あまり無理はしないでね。」
先に行ってるわ、と声がして扉の閉まる音がした。コツコツとヒールの規則正しい足音が遠ざかり、私はクローゼットから出てくる。
「なかなかスリリングだったな。」
「スリリングって…笑い事じゃありません。」
呑気に笑うルシウスは、私の体をぐっと引き寄せてキスをした。このままずっと時が止まれば良いのに。ルシウスが私のものになってしまえばいいのに。
「行ってくる。」
「はい、旦那様。」
彼はもう旦那様。ビシッと決まったスーツ姿を見て、私はまたこの気持ちを押し殺した。
秘密の恋は苦いのかしら
---------- 20130907
ハートはわたあめさんのテーマ"二人きりの夜"に提出させていただきました
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