「綺麗な髪だね。」

その細くて柔らかい真っ黒の髪に指を通す。撫でるように触れば、彼はあからさまに嫌そうな顔でこちらを睨んだ。

「触るな。」

「そんな怖い顔…ファンの子たちが見たら泣いちゃうわよ?」

孤児院にいる頃から彼はずっとこんな顔だ。鋭い目で、睨んでいるような、怒っているような、不機嫌な顔ばかり見てきた。それなのにホグワーツに入った途端、笑顔なんて見せて。今はみんなバカンスで、学校に残っているのなんて私と、リドルと、校長くらい。だからこんなに彼は不機嫌なのだ。じゃなきゃいつものアイドルのような顔で「やめてくれないか」とか困ったように笑うに違いない。私だって、そんな優しいリドルがいいのに彼はそうではないみたいだ。

「別に、first nameしかいないんだからいいだろう。」

ほら、また。喜ぶべきところなのか、彼は私の前では孤児院にいた一人ぼっちの子のままだ。勘の鋭いリドルは、私のこの不純な想いに気が付いているに違いない。赤のネクタイを忌々しく思いながら、机に突っ伏した。まだリドルは本に夢中のよう。

「トム、」

「その名前で呼ぶな。」

「好き。」

分かってる

彼はこちらに目もくれずその言葉だけ返す。いつものことだ。私が好きという前は必ずファーストネームで呼ぶことも、リドルが私に対してはそれについて深く注意しないことも。だよね、と返事をして、誤魔化すように寝た振りをした。好き、好き、閉じ込めておかないと溢れて溺れてしまう。こうしてたまに、ふざけたように口に出さなければ私はもうこの気持ちを押さえられそうになかった。忘れよう忘れようとする度、逆に締め付けられる。グリフィンドールの私とスリザリンの彼は、学校が始まったらまた距離をおく。次の長期休みまで、お互い他人同士だ。友達にも打ち明けられず、積年の想いは増すばかり。だからきっと、彼も甘んじて受け入れてくれるのだ、私の告白を。



しばらく経って、ぱたん、と本を閉じる音がして、肩にふわっと重みを感じた。微かに感じる懐かしい暖かさ。うっすら目を開ければ、肩には緑色のローブが掛けられていた。

「なんだ、起きていたのか。」

自ら掛けてくれたくせに、返せと言わんばかりに剥がされてせっかくの優しさも感じることが出来ない。全く、彼はこういうところが不器用なのだ。普段取り巻きの女の子たちにはスマートに対応してるのに、私に対してだけ冷たい。ずっと一緒にいるから、というのも理由だとは思うがもう少し優しくされたい気もする。

「本はもういいの?」

「first nameといると気が散る。」

…嘘ばっかり。さっきまで集中して読んでいたくせに。みんながいない間に、ここぞとばかりに禁書を読み漁る彼には、きっとなにか企みがあるに違いない。年齢を増す毎に怪しげな闇の魔術の知識を増やしていく彼と、本当は関わらない方がいいのかもと何度も思った。ましてや、恋心を抱くなんて。

「なんの本を読んでるのよ。」

パラパラと、積み上げられた一番上の本を捲ると細かい字が沢山並んでいる。難しいことはよく分からないが、材料の欄に指とか血とか書いてあるのが見えたから恐ろしい魔術なのだろう。リドルは溜め息をつくと「どうせ分からないだろう?」と私が本を詳しく読もうとするのをやんわり制止した。むっとした顔をすると、眉間のシワを伸ばすように人差し指で撫でられ、思わず笑ってしまう。

「なにするのよ。」

「変な顔をするから。」

さて、そろそろ夕食の時間じゃないかなんて惚けた声で彼は言った。本を棚に戻すのを手伝って、図書室を後にする。二人っきりの廊下。少し怖いけれど、リドルといると不思議と落ち着いた。

禁書を読み漁る彼がなにを企んでいるかなんて、小さい頃から言っていたから本当は分かっていた。永遠の命だ。それをどんな魔術で実現させるかなんて私にはさっぱり分からなかったけど、きっとリドルのことだからやってのけてしまうのだろう。そうなれば魔法界始まって以来の悪者の完成だ。そろそろリドルから離れなければ、私も悪者になってしまうのに。もう少し、せめて卒業するまではこの恋を想わせてほしいと願うほど、もう忘れることなど出来なくなっていた。

きみをいくつ忘れても
諦められるわけないのに


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20130827

ハートはわたあめさんのテーマ"片想い"に提出させていただきました



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