...memo



2013/08/26 19:24
彼は後ろを見ない。ホグワーツにいたときからどこか遠くを見ていた。優等生で誰にでも優しく、品があって穏やか。そんなの誰が決めたのか。トム・リドルは物語の王子さまのように誰もが憧れ、女の子なら一度は好きになってしまうような、不思議な魅力の持ち主だった。グリフィンドールの私からしても、彼はスリザリンでありながらとても素敵で、だからこそ思わず恋に落ちてしまった。

「失礼、あなたはグリフィンドールの監督生ですよね?」

彼を眺めるだけの日々が突然終わったのは、ある秋のことだった。図書室で調べものをしていた私に彼は声をかけたのだ。今思えば、彼の計画はこのときからすでに始まっていたのかもしれない。

ええ、と固い表情で返せば、彼はあからさまにほっとした顔でこう続けた。

「よかった、一度、話してみたいと思ってたんです。」

好きな人から、話してみたかったなんて言われて、舞い上がらない女の子がどこにいるのだろう。少なくとも私は今までにないくらい舞い上がってしまって、次の日の授業は頭に入ってこないくらいだった。他愛もない話だ。たった数十分話しただけでこの浮かれよう。ライバルがいっぱいいるから、リドルくんと雑談したことはみんなには黙っておいた。それからちょくちょく話かけられるようになり、私のファーストネームを彼が呼び捨てするようになる頃、私はホグワーツを卒業した。勿論、リドルくんと一緒に。

「たまにここでお喋りしたよね。」

学生でいられる最後の日、私は彼と必要の部屋に来ていた。仲が良くなってしばらくすると、周りの視線を気にしてここでお話するようになった。リドルくんらしい清楚で整った部屋。もうこの部屋を見ることはないんだと思うと、少し涙が出る。

「そう泣かないでくれ…。僕も、君みたいな優秀な魔女の話し相手が出来て嬉しかったよ。」

私も、と言おうと後ろを振り返った瞬間、杖をこちらに向けているのが見えた。咄嗟のことで、私はリドルくんの顔を見たまま固まってしまう。

「その優秀な魔女も、僕の手伝いをしてくれるよね?」

オブリビエイト、と静かに声が響いて、私はホグワーツで過ごした日々の記憶を失った。



目が覚めると、真っ白な部屋に真っ白なベッド。ドアには外から鍵がかかった密室に私はいた。ガチャガチャとノブを回してみるが開かない。魔法を使おうと思いつき杖を探すが今私が身に付けているのは病人が着るような服でポケットもなく杖もない。体の力が抜け床に崩れ落ちると、お目覚めかい?と綺麗な声がしてドアが開いた。

「白は好きじゃなかったんだけどね。なにもかも喪った君にはぴったりだろうと思って。」

綺麗な顔の、同い年くらいの男性が立っていた。思わずため息をついてしまいそうな程、一つ一つの仕草が美しい。

「誰なの…?」

「申し遅れました、私はヴォルデモートと申します。」

あなたの婚約者ですよ。

婚約者?この人が?ここは何処なのか?聞きたいことはいっぱいあるのに、彼の顔を見たら何故か安心してしまった。聞き覚えのある声、見覚えのある顔。床に座りっぱなしだった私を抱きかかえベッドまで移動させると、腕を捲られた。そこには、見たこともないタトゥーが入っている。

「なに、これ…。」

「君は私と一緒にこの世界を良いものにしようと奮闘していたんだ。そのとき不慮の事故で記憶を失っていて…私は気が気じゃなかった。しかし、こうして目覚めてくれて嬉しいよ。その腕の印は仲間である証だ。」

仲間。ドクロと蛇の入った趣味のいいとは言えない印に、私はなにをしていたのだろうと言い知れぬ不安に襲われた。それともう一つ、先程から胸が痛むのだ。焼けてしまうような痛みに、思わず胸を押さえ前にのめる。

「あと、きみの命は私と繋がっている。きみが死ねば私も命の危機に晒されることになる。」

君を死なせやしない。

あまりの痛みに聞く耳も取れそうだったが、ヴォルデモートさんにそんなことを言われてなぜか喜んでいる自分がいた。彼は格好いい、それでいて落ち着いている。婚約者なのに恋に落ちるという表現は如何なものかとも思うが、とにかく私は彼についていこうと決心したのだ。今思えば、彼しか頼れる人がいなかったとも言えるが。

時が経つにつれ、彼は徐々に醜い姿へと変化していった。私の好きだった笑顔は封印され、変わりに人を嘲笑うような笑みを浮かべるようになった。髪もなくなり、顔も変化して、それでも私は彼から離れられなかった。

私の部屋には、ナギニという名の大蛇がいつもいて、話し相手になってくれた。分霊箱の仕組みを教えてもらった後では、きっとこのナギニもその一つだろうと考えていた。そして、私はヴォルデモートの婚約者などではないことも、薄々感じつつあった。毎日この白い部屋に閉じ込められる。私はうんざりだった。なにもかもが真っ白。窓はなく、たまに外に出るときは必ずヴォルデモートと一緒だった。

それでも毎日、精神を壊すことなくここに居続けられるのは、こうして話をしてくれるナギニと、毎晩決まった時間に訪れ愛を囁いてくれるヴォルデモートがいたからだ。彼に言われれば、私はそれだけで生きていけると思えるほど。そのくらい、もうどうしようもなく恋い焦がれていた。理由などない。ただ好きだったのだ。

しかし彼は、今日は顔を出さなかった。その次の日も、その次の日も。ナギニですら来なくなり、私は本格的に一人ぼっちになってしまった。食事を運んで来てくれる者もいなくなり、このまま死ぬのかと思ったとき、最後だからとドアノブを回すと、鍵があいたのだ。私は信じられなかった。と同時に、ヴォルデモートは死んだのかもしれないと思った。でなければ、私の部屋の鍵など開くはずがない。それでも私は、ただひたすらに彼を待った。この家は山奥にあり、見つからないよう魔法がかけられている。料理なんてしたこともなかったが、誰かの本やレシピがそのまま置かれていて助かった。何年も、何年もこの家に一人で住む内に、本当にヴォルデモートは死んだのだと思った。私も死のうと思った。けれど、私が生きている限り彼は死なないのだ。彼が私を見捨てても、私が生きてさえいれば彼は死ぬことはない。それだけを頼りに、私は一人ぼっちで彼の帰りを待った。途方もない時間だ。

彼を忘れて、外に出て普通に生活をしようとも思った。その度に腕のタトゥーを見てやめにした。もう、私には彼しかいなかったのだ。何度忘れても、忘れられない。


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