変わってく君、変わらない僕







昔から、あたりまえのように家が隣で、あたりまえのようにいつも一緒にいて、

あたりまえかのように、俺の隣には いつもアイツがいた。





01#変わってく君、変わらない僕





昨日の内にセットしていたアラームが部屋中に響く。重たい瞼を必死に開けて、まだ眠っている神経を頑張って動かしながら、手探りで目覚まし時計の場所を探し当てアラームを止める。だけど睡魔は全然去ってくれる様子がなく。カーテンの少しの隙間からもれる太陽の眩しい日差し顔をしかめながら、俺はまた布団を頭から被り直し、もう1度深い眠りに入ろうとした。

その時だった―

部屋の外から大きな音が聞こえる。その音はだんだんと大きくなって…、ああ、こっちに近づいてるなぁと嫌でもわかる。



「りょーまー!起きろー!!」



バンッと大きな音と共に、派手に登場してきた女が1人。



「ほら、りょーま起きて!今日も朝練あるんでしょっ?」

「…無理、眠い…」

「寝ちゃ駄目だって!また手塚先輩に走らされるよ!?」

「……すぅー」

「……起きろコノヤロー!!」



俺の抵抗も空しく、頭から被っていた布団を無理やり剥がされた。さっきまで布団を被って防いでいたのに、剥がされたせいで太陽の日差しが俺の身体に直にあたる。ちょ、まぶしい…。寝たい、という気持ちは山々だけど朝練があるのなら仕方がない。もう起きるしかない、とゆっくりと重たい瞼をあけるとそこには、飽きるくらいにいつも顔を見合わせている―…



「おはよ、りょーま!」



幼馴染の、菜緒がいた。






***





あれから菜緒は俺が起きたのを確認してから部屋を出て行き、俺はそれを見届けてから急いで準備を始める。制服に着替え、そこら辺にある教科書を適当にテニスバックに詰め込んで、階段を下りてリビングへと向かい、母さんの好みで作られた朝食を食べて、幼馴染と一緒に家を出た。



「よし、これくらいなら歩いても大丈夫だね。」

「ねぇ、菜緒。いつも起こしてくれるのは有難いけどさ、あの起こし方どうにかならないの?」

「何言ってんの、ああでもしないと起きてくれないのはリョーマの方でしょ!」

「だからってあれは酷すぎ。朝なんだからもうちょっとソフトにさ…」

「あー、無理無理。そんなんじゃ絶対リョーマ起きてくれないから。」



隣に歩いている幼馴染―…佐倉菜緒は、楽しそうにクスクスと声を出しながら笑った。菜緒は昔から家が隣で、物心付いた頃には既にもういつも一緒にいた。俗に言う“幼馴染”ってヤツ。小さい頃から俺と菜緒はいつも一緒にいることが多かった。親同士が元々仲が良かった、っていうのもあるんだろうけど。



「ねぇねぇリョーマ。今日の放課後部活は?」

「普通にあるけど?あ、でも今日は手塚部長と大石副部長が他校に用事あるとかで、すぐ終わるみたいだけど。」



それが何?、と菜緒に問うと、にっこりと笑いながら言った。



「じゃあさ、今日は一緒に帰らない?部活終わってるの待ってるからさ!」

「…別に良いけど…なんで急に?」

「今日の晩御飯、リョーマの家でみんなで食べようって言ってたじゃない?放課後に買い物してきてって頼まれちゃってさ。」



そういえばそんなこと言ってたっけ…、と昨日の晩のことを思い出す。皆でって言うのは俺の家族と菜緒の家族皆でってこと。よくお互いの時間が合う時をみつけては、こうして一緒に食事したりする。



「それで、俺にも付き合ってほしいって訳ね。別に良いけど。」

「ありがとうリョーマ、すっごく助かる!」

「多分部活は1時間くらいで終わるだろうから…その間、菜緒はどこで待ってる?」

「んー、そうだな。久しぶりにテニス部の練習風景見に行こうかなぁ。」

「わかった、先輩達に言っとく。…それじゃ、俺こっちだから。」

「うんっ、頑張ってねー!」



二人で歩いていたらあっという間に学校に着いた。俺たちは互いに別れを告げ、俺はテニスコートに、#nema#は自分の教室に向かうために校舎へと、互いに別々の道へと足を進める。

これが、俺達のいつもの日常。

昔からあたりまえのように家が隣で、あたりまえかのように一緒にいて、そして、あたりまえかのように、俺と菜緒はいつも隣にいた。





「おーい、越前!今日もまた佐倉と一緒に学校来たのかよ!」



テニスコートに着けば既にもう何人か集まっていた。朝練は放課後の練習とは違って、個人で自由に練習してる感じ。近くにいる先輩達に一応挨拶だけはしておき、俺も自分の練習に入ろうとすれば、後ろから声をかけられた。



「そうだけど?」

「ほんと仲良いんだなー、お前達!あっ、もしかして付き合ってたり!?」

「んなわけないでしょ。」



同じ部活、同じクラスで何かと俺につっかかってくる男―…堀尾。朝からよくそんなに大きな声出せるよね、なんて声を出さずに心の中で思いながら未だ横でギャーギャー煩い堀尾を見て、ハァ、と一つだけため息をついて、練習前に軽くウォーミングアップを始めた。今日はいったい何をやろうか…いつも通り、壁打ちでもしようか。



「でもよー、佐倉と幼馴染って、いいよなお前!」



そんなことを考えていれば、突然そんなことを言われた。



「は?何、いきなり」

「だって佐倉可愛いじゃん。優しいし素直だし、話してて楽しいし!」

「可愛い…?そんなこと、思ってもみなかったけど。」

「そうなのか?でもみんな言ってるぜ、男子からも結構評判良いみたいだし!」



菜緒が評判良い…?何それ、初耳なんだけど。たしかに菜緒は昔から友達多かったし、話しやすいヤツだったけど…。普段ならこんな話軽く交わしてるんだけど、何故だろう。いつも一緒にいる幼馴染のことを言われているからだろうか、なんかいろいろと…気になってしまう。

そんなことを考えていると隣から「あ、佐倉がこっち見てる!」という堀尾の声が聞こえ、俺は意識するよりも先に顔を上げて菜緒のクラスの教室を見上げる。そこにはたしかに窓から少し身を乗り出し、こちらの方を見下ろしている菜緒がいた。俺達が自分の方を見たことに気づいたのか、嬉しそうに笑顔で手を振ってくる。それに堀尾は嬉しそうに手を振り替えしていて、俺はそれに得に振り返すことなどしないで練習に戻っていった。後ろから「おい、越前!」なんて声が聞こえたけど気にしない。

戻る瞬間、少しだけ菜緒の方を見てみた。さすが長年の付き合いというか、菜緒は俺が返事をしなかっただけでいちいち悲しい顔をしたり、怒ったような顔をしない。ただ俺の背中に向かって「頑張れっ!」と、一言叫んだだけだった。その言葉に俺は密かに口元を緩ませながら、しっかりと自分の背中で受け止め、後ろは振り向かず、返事の代わりに軽く手を上げて、俺はまた練習に戻りに行った。


ふと、さっき言ってた堀尾の言葉を思い出した。


“佐倉って可愛いじゃん。優しいし素直だし、話してて楽しいし!”

“結構男子からも評判良いみたいだぜ?”



今考えてみれば、男達の言うこともわかるかもしれない。昔から一緒にいるからあまり気にしたことなかったけど…たしかに、可愛くなったかもしれない。可愛くなったというか、大人っぽくなった。小さいころよりも、随分髪も伸びたし、認めたくないけど…俺よりも少しだけ背、高いし。雰囲気だって、話し方だって……こうして考えてたら、昔と比べて菜緒が変わってることが嫌でもわかってくる。いつの間にか、成長していたんだアイツは。



――…それじゃあ、俺は?



昔より身長が伸びた。―…だけど中学生男子にしてはまだまだ小さい方。

声が低くなった。―…だけど男子にしては全然高いし。

髪の毛が伸びた―…や、昔とあまり変わらない気がするな。



考えれば考えるだけ、悔しくなってきた。いくら男より女の方が成長時期が早いからといって、菜緒ばっか成長してずるいと思った。いつも一緒にいるのに、いつも隣に歩いているのに、いつのまにか菜緒だけ、少しだけ前を歩いてる感じがして、妙に嫌な気分になった。

イライラしたこの気持ちを抑えようとしても抑えきれずに、その気持ちをボールにぶつけ、壁内をしてその日の朝の練習が終わった。