あの後逃げるようにホリィさんの所へ行くと、とっても良い笑顔のホリィさんが部屋中に服を並べていた。
あら名前ちゃんもういいの?じゃあお洋服選んじゃおうかしら。名前ちゃんに似合う服があればいいんだけど、おばさんの服ばっかりだからちょっと心配なんだけどでも名前ちゃんは素材が良いから何着たって大丈夫よねこれなんかどうかしらああでも色はこっちの方が似合いそうねうーんでも形はこっちの方がすっきり見えるわねうふふやっぱり女の子っていいわね承太郎も自慢だけど私は名前ちゃんみたいな女の子が(ry
なんてリアル着せ替え人形になってからホリィさんと並んで晩御飯を作ることになった。いや流石に2日連続でタダ飯食うほどふてぶてしくないよ、私も。
「ふふ、こうして一緒にご飯作るなんて親子みたいね」
ホリィさんの手元で玉葱が薄くスライスされてゆく。玉葱の味噌汁は私のリクエストだ。
我が儘言わせてもらったというか、半ばリクエストしなさいっていう脅しだったんですけどね。ホリィもやるときはやるお方でした。おうふ。
「……親子、ですか?」
思わずはたと醤油を入れる手が止まってしまった。あとは水解き片栗粉を入れてとろみをつければ餡かけ焼き茄子の餡ができる……のだが。まずい、少し醤油入れすぎたかも。
「名前ちゃんはお母さんとお料理しないの?」
きょとんとしたホリィさんまじ可愛い。やっぱ若いよねー、ホリィさん。なんていうか、こう、いい意味で少女性が抜けてないっていうか、うん、無邪気なんだよね。
うちの親、お母さんかぁ。うーむ。
「両親は海外にいるので。あっ、普通に電話とかもするので疎遠ってわけじゃないですけど」
人の住む全地に教えを広めよ、とかなんとかが聖書には記されていて(ちゃんと覚えてないけど確かマタイの24章とかそこらへんだったはず)うちの両親は教会の偉い人の指示で世界中で布教をしてる。いやあ、よくやると思いますよ、ほんと。
そんなわけで小さいころは一緒に外国に住んでたけど、あちこち飛び回ってばっかだとちゃんとした教育ができないってことで、義務教育が始まるあたりから私はずっと日本の祖父母の家で暮らしてる。
もう私もいい歳した高校生だし、お母さんがいなくて寂しいとかは無いんだけど……でも、やっぱりお母さんが近くにいる人はちょっと羨ましいよね。
なんてことをかい摘まんでホリィさんに話すと、ホリィさんは「あら」なんて何とも可愛らしい声と共に強烈なストレートをぶち込んできた。
「じゃあ私のこと、『ホリィママ』って呼んでもらっちゃおうかしら!」
「ファッ!?」
突拍子の無い右ストレート(節子、それ右ストレートちゃうセリフや)に思わず片栗粉を一気に鍋の中へインしてしまった。
うわああああああ!だまになるだまになる!かき混ぜろ!
「あの、どういう意味ですか?」
ウチの承太郎のお嫁さんにーとかだったらまじワロエない。いやもう放送事故とかいうレベルじゃないから。
私が嫁とかぷーくすくす空条くんカワイソスぷぎゃー!イケメンざまぁ!とかそんなんだよ。あれ、自分で言って涙出てきた。
「どういう意味って、そのまんまの意味よ?」
「その心は如何に」
「ただ私が呼ばれたいだけ!ね、ね、名前ちゃん、呼んでみて?一回でいいから、お願いー!」
だから何でほんとこんなに可愛いんですかこの人は。40代てこの可愛さはおかしい。お願いー!とかどういうことなのねぇ空条くんどういうことなの。こんな可愛いままんって意味わかんないよ空条くん。ちょっと体育館裏に呼び出してヤキいれるべきなのか。100パー私が返り討ちに遭う未来しか見えない。
そんなことを考えてるうちにも傍らでホリィさんはワクテカしてスタンバイしてる。え、なにこの言わなきゃダメな空気。
「あと…じゃあ、えと…………ホリィ、ママ?」
───小さく、躊躇いがちに呟いたら、
「ふふ、なぁに名前ちゃん?」
酷く優しく名前を呼ばれて、
……凄く、嬉しかったとか、
そんな。
「〜〜〜っ、こっ、これっきりですからね!」
咄嗟にらしくないツンデレが発動してしまった。うっわ自分きめぇ!ないわー。需要も無いわー。
でも、
酷く優しく名前を呼ばれて、
……凄く、嬉しかったとか、
そんな。
そんな子供染みた感情がこそばゆくて、でも決して不快じゃなかった。
*
「うーむ、どうしよっか」
両手にお盆、お盆の上にはお粥。
目の前に閉めきった障子。
普段家でならば足を障子に引っ掻けて適当に開けちゃうんだけど……いやまて此処は空条くんの家だぞ。間違って障子に穴なんてあけたりしたら…。いやでも私の足はそんなヘマしない、はず。いやでもやっぱここはちゃんと手を使っておこう。
そんな逡巡の末出た結論に従ってお盆をぴかぴかの廊下に置いた刹那、
「誰だ!?」
「あっ」
「えっ」
すっぱーん、と勢いよく障子が開いて緑の学ランを来た男の子が現れ───時間が止まった。
光ったメロン(空条くん談)を背後に出し、臨戦態勢をとる花京院くんと半端に中腰で間抜け面の私。
「…………」
「…………」
「……………………あー…、うん、おはよ。ご飯食べれる?」
「……はい、頂きます」
物凄く気まずい沈黙を破ると物凄く気まずそうに花京院くんが頷いてスタンドを消した。
うん、なんかごめんね、お盆を床に置くためとは言え、障子の前でクラウチングスタートみたいなポーズ取ってごめんね。わけがわからないよね。
「はーいじゃあ部屋戻って、布団寝て。君一応怪我人だよ?R-18Gの外科手術したばっかだよ?」
申し訳なさそうにする花京院くんを部屋に戻し、布団に寝かせた。彼は存外すんなり私こ言葉に従ってくれたが、よくよく見るとどこか動きに倦怠感が滲み出ている。
やっぱり疲れてんだろうね。
「貴女は確か、名字名前さんでしたね」
「うん。特にあだ名はないから大抵名前って呼ばれるけど好きによんで」
「じゃあ名前さんと」
「この場合私も典明くんって呼ぶのがベターなんだけど、敢えての花京院くんでいいかな?何か格好いい名字だよね、平安時代の貴族にいそう。あ、卵入り粥なんだけどアレルギーとか平気ー?」
「ええ、特に問題はありません。好物はチェリーですけど」
「あはは、生憎とチェリーはないかなー」
下らないことを話しているうちに花京院くんは食事を完食してしまった。会話の合間にネットスラングを混ぜこむと花京院くんは意外とこっちの界隈に詳しいらしく、ゲームとアニメの話で大いに盛り上がることができた。
イケメンのオタ友持つとかこれ何て勝ち組?格ゲー、レーシングは私も一家言あるからね、今度一緒にやれたらいいな。
「あ、それじゃあ私食器かたして下がるね。そろそろ帰らないとだし」
薬が効いてきたのか、少し花京院くんが眠そうだ。痛み止めとか抗生物質とかって眠くなるんだよね。長居すると花京院くんも寝るに寝れないだろうしそろそろおいとましますか。
「名前さん、待ってくれないかな」
「うん?」
立ち去りかけたとき、手を捕まれて動きが止まった。
立っている私と起き上がっているとはいえ布団にいる花京院くんとでは明らかに私の方が高くなる。だから自然と花京院くんが上目遣いになるわけで…。
って、え、ちょ、でえぇぇぇ!?ぱねぇ!イケメンの上目遣いぱねぇ!
「あの、今更だけど、謝っておこうと思って。今日のこと……」
今日のこと、というのは多分保健室でのことだろう。花京院の整った顔に後悔が作り出した影が差した。
「そんな、私は、制服は犠牲になったのだ…、程度で特に深刻な怪我を負わされたわけでもないから花京院くんが負い目を感じる必要なんてどこにもないんだよ?」
「でも、」
「でもじゃないよ、ああ、もう!」
「!」
視界いっぱいに花京院くんが広がった。きっと花京院くんにも同じことが起きてるはずだ。何か高価な鉱物のように透き通った花京院くんの瞳には私が映り込んでいるのが見える。
「貴方の罪は、赦されている」
小さく息を呑む音が聞こえた。
赦されてるんだよ。
もう一度言えば、彼の動揺を表すように瞳が揺れて、それから切なげに細められた。
「……ありがとう、名前さん。ありがとう、本当に…」