それから暫くして花京院くんは泣きつかれて眠ってしまった。
そんな彼に布団を被せた私はホリィさんから借りた救急箱を持って空条邸を走りまわっていた。
家の中走り回れるってホント、空条くんちはでかすぎだよ。
「あ、いたいた!捜したよ空条くん」
「どうした名字」
「『どうした』じゃない!あーもーなんでそんな痛そうな傷ほっとくかなぁ!」
「こんなん痛ぇうちに入らねぇよ」
「ジーザスッ!」
信っじられない。
こっちは見てるだけで痛いっていうのに。どうしてなに食わぬ顔したまま縁側で煙草ふかしてんですか。てか貴方未成年じゃなかったんですか。
触手プレイで動じなかった精神力といい、あれか、空条くんは超人か。
「取り敢えず煙草は消して。頬っぺた失礼しますよ……っと、あーあーあーあー、ざっくりいってるよこれ。うわー痛そう。直視できないよいやホントまじで」
「言いながら直視してんじゃねぇかよ」
「はいはい消毒しますよー。しみますかねー」
空条くんの顔を掴んで消毒液をかけたガーゼで血を拭っていく。
うわ顔近いな。そして相変わらず男前だわ空条くん。うん、イケメンっていうより男前って方がしっくり来るわ。
すっと通った鼻筋に、最も美しく見えるよう計算されていたかのように置かれた顔のパーツたち。
影が落ちるくらい長い睫毛に縁取られたエメラルドの色をした目がこちらを見て
どきり、と
───不整脈。
「……名字?」
「ふァッ!?」
ジーザス!変な声出た!
怪訝な顔をした空条くんが「どうした?」と聞いてくる。
うああああ!止めてくれ、空条くん、君無駄にイケボなんだから止めてくれ!
「あのですね空条くん。正直に言うと私今すっごい緊張してるんだ。滅茶苦茶ぎこちないの、分かる?」
「は?」
「だって私は花も恥じらう女子高生だし空条くん男の子だし顔近いし空条くん無駄に男前だしその顔を私触ってるわけだし空条くん無駄に男前だし」
「おい、」
「取り敢えず私は照れてるんですー!照れ隠しでカミングアウトしてるんだって察して下さい寧ろ察してくれ後生だから!」
ああああああ顔が熱い!
くっそ、くっそ、耳の先まで熱い。
今めっちゃ顔赤いよ絶対!乙女か!
いや生物学的には乙女なんだけどさ。
「〜〜〜っ」
真っ赤になった間抜け顔を見られたくなくて俯いたけど、きっと耳まで赤いかは意味なんてあんまない気がする。
今めっちゃ顔赤いよ絶対!乙女か!
いや生物学的には乙女なんだけど。
カミングアウトしたけど沈黙が気まずい。なんで空条くんまで無言になるのさ!
挙動不審、というか自分の仕出かしたことが無性に恥ずかしくなってきた。もうやだ、空条くんの前から今すぐ消えてしまいたい……!ジーザス。
「───…名字」
「!」
ぽす、という音と一緒に頭に(というより後頭部に)なにかが載せられた。
多分、帽子だ。空条くんがいつも被ってる学生帽。
「く、空条く……!」
「上げんな」
状況が飲み込めず咄嗟に顔を上げようとしたけど、それは空条くんの大きな手のひらで阻止されてしまった。ぐい、と鍔が引き下げられ瞼まで完全に帽子に隠れる。
力が込められているのか、丸まった空条くんの足の指が狭い視界の中で妙にはっきりと網膜に刻まれた。
「治療ぐらい自分でやれる。お前はお袋に言って服借りてこい。その制服はもう着れねぇだろ」
落ち着いた声がゆっくりと全身に染み渡った。そうすると挙動不審になっていた自分が馬鹿らしく思えてきて、ほんの少しだけ苦笑が零れた。
すごいなぁ、空条くんは。
同い年とは思えないぐらい落ち着いていて、子供みたいな反応しかできない私とは全然違う。
不良で滅茶苦茶おっかないDQNだと思っててすみませんでした。あの頃の私を殴り倒したい。
「……わかった。じゃあホリィさんの所行ってくるね」
「待て」
小さく頷いて立とうとすると再び頭を抑えつけられた。
あたたたた、ちょ、空条くん背骨痛い背骨!
「空条くん?」
何事かと思って尋ねてみたが返ってきたのは無言だった。え、何、お前は口をきく価値もねぇってことですかそうなんですか。
いや、冗談ですけど。
「……どうしたの?」
こんなに歯切れの悪い空条くんも珍しい……と思う。空条くんってあんまり躊躇とかしなさそうなタイプに見えるんだけどな。果断即決って言うの?勝手ながらそんな印象を持ってるんだけど。
「……巻き込んで悪かったな」
「え、」
「昨日とは違う。本格的なスタンド使いの戦いに巻き込んで危険な目に遭わせた。……悪りぃと思ってる」
「いや、でも保健室に引き返したのは私自身だから空条くんが悪いわけじゃ、」
「それに花京院の攻撃も防いでもらった。あれは間違いなく、喰らったらやばい攻撃だった」
「そんな……私なんて空条くんの後ろでガクブルしてただけだし、最終的に花京院くんを倒したのは空条くんだし、感謝される謂われなんて全然これっぽっちも無いですしおすし」
「名字がどう思おうと勝手だが、俺はお前に感謝してる。……そんだけだ」
「…………ちくしょう、これだからイケメンは」
こんな簡単に再びトゥンクする自分が憎い。